ケーキバイキング
「・・・早いな。」
時刻は10時ジャスト。
待ち合わせ場所には既に柾が立っていた。
つい、ジト目でみてしまう。
「いやぁ、さすがに時間より早く来て責められるのは予想してなかったなぁ。」
いつものへらへらとした顔で、困ってもなさそうに言ってくる。
無地のカッターシャツに黒のジャケットを羽織り、茶のスラックスでパシッと決めた格好・・・長身と相まって・・・結構カッコイイじゃねぇか。・・・いやいや、騙されるな。
てっきりTシャツ・ジーンズで来ると思っていただけに、意外感もあいまって驚いてしまった。
「悪い、そう言う意味で言ったんじゃ無い。」
こいつは嫌いだが、理不尽に責める必要は無い。
否定する所は否定しておく。
「そう?なら良かった。
それにしても、スカート持ってたんだ?てっきりパンツルックで来ると思ってたよ。」
・・・ピキッ
オレがスカートを持ってちゃ悪いのか・・・
「悪かったな、ご期待に添えなくて。
オレもオマエはジャージかスウェットで来ると思ってたよ。」
喧嘩を売ってきたのはあっちだ。
売られたモンは高利率で返してやる。
「あはは、酷いなぁ。
部屋では使ってるけど、さすがに女の子との待ち合わせにそんな格好はしてこれないよ。
でも、意外だったってだけで、凄く似合ってるよ。センスいいね?
初めて桜の私服を見たけど、普段からこんなに綺麗なら、他の男も黙ってないんじゃないの?」
むぐっ・・・普段あれだけけなしているのに、女の子扱いしてくるとか・・・
少し・・・ぐっと来たじゃねぇか。
「それにしても・・・桜もこんな早く来ると思ってなかったから時間が余っちゃったね、どうしようか?」
どうするも何も、今日の予定はケーキバイキングだけだ。
どこかに行く予定なんて有る訳も無いし、考えてもない。
時間が空いたなら少しでもケーキを多く食べれるよう、散歩でもしてお腹をすかせればいい。
「散歩でもして時間を潰せばいいだろ。」
「そうだね、繁華街の中を散歩して色々見て歩こうか。」
何所でそう受け取ったのか、柾の中では散歩=ウィンドーショッピングと取ったようだ。
・・・むぅ、言い出したのはオレの方だから違うとも言い出しづらい・・・
「ああ・・・」
渋い顔で頷く。
まぁ、良い。ウィンドーショッピングでも歩く事には変わりない。
カロリー消費・・・カロリー消費・・・
あれから少しの間、雑貨店を冷やかして10時50分ごろにクレッセンに向かった。
気分的にはちょっと・・・いや、結構良い。
雑貨店で可愛い髪留めを見つけたのだ。
・・・コイツの前で買うのもシャクだったので、手に取るだけで済ませていたが・・・
よし、帰りに買う事にしよう。
「―いらっしゃいませ。」
1Fにある販売用店舗に並ぶ行列を横目に見つつ、2Fにあるバイキングフロアへと向かった。
中に入ると、16卓のテーブルとそこに座る人達が目に入る。
「わぁ・・・」
どの椅子に座っている人も幸せそうな表情でケーキを頬張っている。
壁際に目を向けると、色とりどりのケーキが並んでいて、どれから食べるか迷ってしまいそうだ。
「予約していた春野様ですね。お席の方にご案内します。」
なんて周りを見ていると、店員さんがテーブルへ案内してくれる。
名乗ってすら居なかったと思うが、この時間に来たって事で分かったのかな?
他の店員もチラチラとこっちを見ているようだが・・・何かおかしい所でもあっただろうか?
客層的に高校生ぐらいの客は居なさそうだし・・・それが珍しいのか?
「桜、何をとる?」
考え事をしていたら柾の方から声をかけてきた。
「いや、自分で食べるのは自分で取ってくるからいい。
アンタも自分の分だけ取ってきな。」
そうだった、今はクレッセンのケーキが目の前にあるんだった。
オレが浮いているのは今更気にしても仕方がねぇ、好きなのを取りにいこう。
「あ、桜、別に行かなくても大丈夫だよ。」
立ち上がろうとしたところで柾が待ったをかける。
「どう言う事だ?」
「ちょっと待っててね。」
柾はそう言うと、テーブルの端に置いてあったベルを鳴らす。
チリリンッ♪
小気味いい音を立ててベルが鳴ると、ワゴンをもった女性の店員さんが近づいてきた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、僕にはダージリンと・・・桜はアッサムが良かったよね?それともハーブティーにする?大抵の種類はあるよ?」
「あ・・・あぁ、アッサムで良い。」
「じゃ、彼女にはアッサム。それと、ワゴンの中を見せてね。」
「畏まりました。
どうぞご覧下さい。」
店員さんがワゴンのフードを器用に取ると、色とりどりのケーキが姿を現した。
「わっ・・・」
ケーキはどれも一口大の大きさで、どれも美味しそう・・・
「僕はショートとガトー、それと季節のタルト3種類を1つずつ貰おうかな。」
ケーキに見とれている中、柾はさくさくと決めると店員さんに取り分けて貰っていた。
「オレ・・・いや、私はこれと・・・これと・・・これ、あ、あとこれもお願いします。」
同じようにショートケーキと季節のタルトを3種類、それにロールケーキとガナッシュショコラを取り分けて貰う。
「お飲み物は直ぐにお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ。」
店員さんはそつなく言うと、また別のテーブルへと呼ばれていった。
オレはケーキに手をつける前に柾に疑問をぶつける。
「なんか手馴れてるみたいだったけど、結構来るのか?」
高校生がちょくちょくこれるような店じゃないはずだが、妙に手馴れている事が気になったので聞いてみる。
「いやいや、そんな事は無いよ。桜の気のせいだって。」
柾は軽く否定し、
「そんな事より美味しいよ?ほら、食べてみなって。」
オレにケーキを勧めてきた。
まぁ・・・柾には柾の事情があるし、オレには関係のないことだから根掘り葉掘り聞くのはお門違いだ。
そんな事より今はケーキだ!!よし・・・いただきます!!
「ご馳走様でした。」
「・・・結構、食べたね。」
柾が引きつった笑顔で俺のほうを見る。
「そうか?これぐらい普通だと思うが?
柾の方こそそれしか食べなくて大丈夫だったのか?」
柾の食べたケーキの数は8個、対してオレの食べたケーキの数は35個。
どれもこれも凄く美味しくて、ついつい全種制覇してしまった。
柾は最初に頼んだ分を紅茶を飲みながらゆっくりと食っていたみたいだが、途中からはオレを眺めながら紅茶しか飲んでなかった気がする。
「いや、その数は全然普通じゃないと思うけど・・・」
「そんな事は無いと思うが?」
ケーキは一口大だったので、店で売っているようなケーキの約1/4。
精々8個分ぐらいしか食べていない。
カスミも楓も食が太い訳ではないが、ケーキだったらホールぐらいは食べる事ができる。
それほど多いわけじゃないだろう。
「柾の周りに居る女は、自分をよく見せようとして少ししか食わないんじゃないか?」
多分、そんな所だろう。
オレだって好きな男の前じゃ、胸が詰まっていつもの様に食う事は出来ない・・・と思う。なった事がないから分からないが。
「女性と食事なんて殆ど無かったけど・・・そうか、女性は普通そのぐらい食うのか・・・」
ん?なんか真剣に悩んでいるようだな。
「うん?遊んでるイメージしかなかったが、食事までは一緒にとった事が無いのか?」
オレの言葉に柾は懸命に首を振る。
「いやいやいや、僕ってば誰かと付き合った事なんて無いよ?
それどころか、僕ってそんなに遊んでいるように見えるの?」
なにを当然のことを・・・
「当たり前だろ?
そんなチャラい格好でへらへらと誰にでも愛想よく振りまいてれば、どう見ても遊んでいるようにしか見えない。」
「そ・・・そうだったのか・・・」
柾は机につっぷしてしまった・・・
す・・・少し言い過ぎたか?
・・・周りからじろじろと視線を感じる・・・客だけじゃなく、店員までオレ達の方を見ていて居ずらいじゃないか・・・
食べ終わった事だし、さっさと撤収するに限るな。
「こんな所で変な事をするな。
さっさと出るぞ。」
柾の腕を掴んで立ち上がらせる。
「あ、そうだね。ごめんごめん、変な所見せちゃった。
すぐに会計してくるから、外で待ってて。」
そう言うと店の奥のほうへ向かっていった。
ふぅ・・・
ここは素直に外で待っているか・・・
「お待たせ。
ごめんね、変な所見せちゃって。」
店の外で待っていると、すぐに柾が出てきた。
「いや、オレの方こそ・・・」
気まずい・・・どうにもこういう雰囲気は苦手だ。
さっさと礼を言って別れる事にしよう。
「今日は凄くうまかった。
これでこの間の事はチャラにしてやるよ。」
「そう?気に入って貰えて良かったよ。」
さっきの突っ伏した顔は何所とやら、笑顔で答えられた。
「んじゃ、また学校でな。」
まぁ、機嫌が直ったなら問題ねぇ。
さっさとお暇しますか。
軽く手を振って別れようとすると声をかけられる。
「あのさ、桜。
少しだけ、話いいかな?」
「あん?」
振り返ると、いつになく真剣な顔で柾がオレを見ていた。
・・・へぇ、こいつ、こんな顔もできるんだ?
「こういう時でもないと言えない事とか、聞きたい事があってさ。
椿にも関係する事だから、時間が有るならお願いしたい。」
ふむ・・・椿に関係すると言う事はカスミにも当てはまると言う事だ。
カスミに関係する事なら、きちんと話を聞いておいた方が良いな。
「判った。だけど、変な事をしようとしたら容赦なく潰すからな。」
必要な事はあらかじめ伝えておく。
「大丈夫、元からそう言うつもりは無いから。」
「なら良い。」
「じゃ、立ち話もだから公園にでも行かない?
あそこなら人目があるから変な事出来ないし、人の話を盗み聞きする人もいないでしょう。」
「ん、判った。
それじゃ、行こうか。」
オレは頷くと、公園に向かって歩き出す。
「あ、飲み物買っていくけど、ネクターでいいかな?」
聞こえてくる言葉に頭を悩ませる。
さっきのアッサムといい、ネクターといい、何所までオレの好物を知ってるんだか・・・
「あぁ、それでいいよ。」
「判った。
それじゃ、先に行ってて。」
「そうするよ。」