お詫び
「・・・で、なんでオマエがここに居るんだよ?」
次の日の昼休み、カスミは椿と弁当を食べに行った。
そこまでは良い。
オレと楓で昼飯を食っていたら、いつの間にか柾の奴が紛れ込んで居やがった・・・
「やだなぁ、そんな邪険にしないでよ。
椿はカスミちゃんとご飯を食べに行っちゃったからさ、いつも通り僕もこっちに来ただけだよ。」
軽い頭痛を覚えてこめかみに手を当てる。
「昨日言った事を忘れたのか?」
「うん、大丈夫。
楓ちゃんにとって僕は空気だから。」
・・・それは駄目だろう。
そして何気に酷いな、楓。
「そこは落ち込んで良い所だと思うぞ?」
「え?やだなぁ、空気のように自然って事じゃないか。」
・・・ポジティブだな。
楓の方を見ると、黙々と昼飯を食べている。
我関せずといった感じだ。
オレだったら多少は堪えると思うんだが・・・
「でさ、僕達は先に帰っちゃったんだけど、あの後大丈夫だった?」
ぴくっ・・・
「あっ、馬鹿。」
ぬけぬけと聞いてきた。
昨日の件はオレも悪い所があったし、水に流そうと思ったのにコイツは・・・
その点、分かっている楓は柾の言葉に反応し、食べる手を止めて急いで弁当を片付け始めた。
「帰った?逃げたの間違いじゃなくてか?」
ふぅ、・・・遠慮はいらねぇな。
「いやぁ、それは・・・そのう・・・」
一睨みすると、しどろもどろに弁解を始める。
「うろたえるぐらいなら話題にしなければいいのに。」
楓がぼそっと呟くが、何気に同罪だ。
親友のよしみで追求はしないが、白い目を向けておく。
「ええと・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。」
どうやら大人しく罪を認めるようだ。
大人しく認めるところは評価してやるが、逃げた事と蒸し返した事はまた別だ。
「椿には?」
「もちろん話して謝りました。」
「カスミには?」
「椿から話すようになっています。
その後、きちんとお仕置きを受けます。」
・・・ふむ。多少は男らしい所があるか。
・・・って、いかんいかん・・・父さんの昔の話を聞いたからか、態度が甘くなってるかも知れねぇ。
「で、置いてったオレに対しては?」
「それは・・・」
「あの後、般若になったカスミにコンクリの上に正座させられ、30分程説教を受けたんだが?」
「うぐっ・・・」
ふっふっふ、罪悪感にうめいてる。
「にやにや。」
うめいている柾を見て、楓が笑っている。
他人事じゃないんだが・・・
「楓、あんたも同罪だよ?」
「あら、そう?ごめんね。」
しれっと言ってくる。
「お詫びはシェフトラーゼのショートケーキで良い?」
長い付き合いだし、しょうがない。
この辺が落としどころだろう。
・・・決してオレが甘いものに弱い訳じゃないからな?
「んじゃ、それで。」
「ありがと。」
「あ、じゃぁ僕もシェフトラーゼのショートケーキでいいかな?」
柾も楓の尻馬に乗ってくる。
「駄目。」
楓と柾が一緒で言い訳が無い。
良い機会だ。カスミの為にもコイツはここらで矯正しておこう。
「楓は長い付き合いだからそのぐらいで許すってだけ。
アンタは深い付き合いじゃないんだから、それぐらいで許すわけ無いだろ?」
「なら、クレッセンのケーキバイキングをおごるよ。それならどうかな?」
クレッセンのケーキバイキング!?
あそこのケーキは並んでも簡単に買う事のできない人気の店だ。
問題は、一つ一つのケーキに相当手が込んでいる分値段が高い事だ。
アタシ等じゃ、おいそれと買う訳にいかない1年に1度でも食べられればラッキーな最上級のスイーツ。
高校の入学祝に、爺ちゃんが持ってきてくれたが・・・あの美味さはヤバい!!
他のケーキ屋のケーキがチープに感じられるほどの味わいだった。
コンビニのスイーツなんて、足元にも及ばない味わいだった記憶がある。
しかもバイキング!?あそこのバイキングは予約を入れても年単位で待たなきゃならねぇ。
この間カスミを慰める為、楓と折半で予約しようとしたが「次の空きは1年後になりますが宜しいですか?」とか言われた。
苦し紛れの出任せなら絶対に許せねぇ・・・でも何かアテがあるのなら・・・ゴクッ。
・・・けして期待はしてねぇ・・・だが、本当に食えるんなら許してやっても・・・いいかも。
「ふ・・・ふん、奢れるもんならおごってみな。
本当に行けるなら許してやるよ。」
「それは良かった。
ちょっとごめんね、予約入れてくるよ。」
携帯を手にそそくさと廊下に出て行った。
・・・はっ!!今から予約を入れるだなんて、全く分かってない。
今から予約なんて取れるわけがない。
「良かったね。」
分かってるのか分かってないか、楓が声をかけてくる。
「・・・はぁ。
今から予約入れたところで早くて来年だ。
所詮その場しのぎの言葉だったんだよ。
やっぱりオレは、ああ言うその場しのぎで生きてる奴は絶対に嫌いだ。」
「にやにや。」
「なんだよ、その意味深な笑いは。」
「ほら、帰ってきた。答えはすぐに判るよ。」
楓に促され、廊下の方を見ると柾が携帯をしまいながら帰ってきた。
「丁度キャンセルがあったみたいで、明日、2人分の席が確保できたよ。」
「はあ!?」
予想外すぎる答えに、思わず間抜けな返事を返してしまった。
・・・だが、不穏なセリフが混ざってなかったか?
2人分で席を取ったとか・・・下心が見え隠れする。
これだからチャラい野郎は!!
・・・だけどクレッセンのケーキバイキング・・・例え見え見えの下心でも・・・少しぐらいなら・・・いやいや・・・だけど・・・ダメだっ!!甘い顔を見せるわけにいかねぇ!!
「あっ・・・あぁ、そうかい。
だけど、オレはアンタと一緒に行くつもりは・・・」
「だから明日の放課後にでも2人で行って来るといいよ。」
「えっ!?」
オレの葛藤をよそに、柾はにこにことオレの言葉をさえぎって言って来た。
・・・あ、オレと楓の2人か・・・
そうだよな、オレとした事が変な事を考えていた・・・
お詫びだもんな・・・うん。
「私はいい。
明日は用事があるから、2人で行って来て?」
「えっ!?」
「えっ!?」
オレと柾の声がかぶる。
「私はお侘びをする方。される必要は無い。
桜もいいよね?」
「えっ?あ、ああ。」
不意を突かれ過ぎたからか、つい返事をしてしまう。
「そ、良かった。
お土産よろしくね。」
「あ・・・うん。」
楓はにっこりと笑うと席を立つ。
「そろそろ午後の授業。
じゃ、またね。」
呆然とするオレを置いて、自分の席に戻っていった。
「えっ・・・あっ・・・いいの?」
楓とオレを身ながら柾は尋ねてくる。
ん・・・まぁ、下心が無かったみたいだし・・・そもそも柾がおごってくれるんだから一緒に行くぐらいは仕方ないか。
「・・・まぁ、一緒に食うぐらいなら・・・」
答えてやると嬉しそうに満面の笑みで、
「ホントっ!?いいの!?嫌われてるから断られると思ったけど・・・良かったぁ。
それじゃ、明日の11時からだから・・・10時半に駅で待ち合わせ。いいよね?」
10時か。結構早い時間なんだな?
まぁ、キャンセル分に滑り込んだみたいだし、時間はしかたねぇか。
「ああ、それでいい。」
「分かった。ありがと!!
・・・ってああっ、こっちも授業が始まるっ!!
それじゃ、また明日ね!!」
待ち合わせを急いで決め、急いで弁当箱を仕舞うと柾は自分の教室へと帰っていった。
そんな姿をぼうっと見送りながら、クレッセンをキャンセルする人なんて居るんだな。とかキャンセル待ちがうまく空く事があるんだな。なんて事を考えていた。