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エイデン王家の女性たち

先ほどまでうららかな春の日差しと柔らかなベッド、そして肌触りの良い上等な掛布にくるまっていた青年は今、頬を腫らしながら二人の女性と共にテーブルを囲んでいた。女性の一人は先ほど登場している。天使のように柔和な笑顔、ふわりとした亜麻色の髪の間にティアラが覗いている。ドレス風の衣装を着こなしているところといい、まず王族で違いないだろう。


もう一人は顔立ちや髪の色もよく似ているが、前者よりも全体的に線が細い。痩せているとか肉付きが悪いというよりも、単に若いからだろう。どうやら彼女らは母娘と見え、ムスッとしている方が娘で、のんびりと笑っているのが母なのだった。


『……それにしても、本当にこんな奴がアルカヌム様の言う勇者なの?本人曰く「看護人の“優しさ”に無意識に甘えてしまった」ような男に一国を預けるなんて、王女として到底受け入れられないわね』


『まあまあ、私も別に気にしてないし落ち着いてエルナちゃん。こうして彼も起きてくれたことだし、胸の一つや2つ減るようなものでもないわよー?』


『そういうことじゃないでしょ!ローザ王妃ともあろう人が、まだどこの馬の骨とも知れない下郎に抱きつかれただの胸を触られただの、そういう事自体がよろしくないって言ってるのよ!』


『そうねえ、でもそんな風に怒鳴ったら、ほら……彼も何も言い出せないわよ?お詫びならさっき飽きるくらい聞いたのだし、そろそろ本題に移ってもいいかなあとお母さんは思います』


『……まあ、いいわ。まずは飲み込めてない状況をサックリ説明する所からかしら?』


と、事の次第はそんな具合。腫れた頬を引っ叩いたのは十中八九、娘のエルナであろう。一方、胸を触られたらしい大人の女性、ローザはにこにこと笑みを崩さない。まさに天使である。


さて、話は戻って――2人の女性たちは、ややゆっくりとした口調で青年に言葉を投げかけ始めた。オズワルドという世界、アルカヌムという神、そして今回の統一戦争について、彼がその戦争における、エイデン王国の興亡を左右する勇者だと思われる、ということについても話した。


青年は無口だった。髪は黒く特に意識して髪型をセットしている様子もない。〝凡庸〟という表現が丁度良い、逆に素朴な所に好印象が持てる16,7の年頃の男である。彼もまた、先に戦死した畑中耕平同様に元の世界で、世界への憎しみや不満を持っていたという手の人間だ。なにせ歳も歳、こういうファンタジーの世界を夢見たことが無いわけでもない。故に状況を飲み込むのは結構早い方だったし、何をすればいいのかも直ぐに分かった。ただ――


『――すぐに戦争をして、人を殺して欲しい、とは頼めないわ。如何に勇者でも貴方はまだ成人すらしていないのだもの……それに戦争なんて汚れた大人がするものよ。貴方やエルナちゃんには、正直言って関わらせたくないのが私の……そして夫の、国王の意志でもあるわ』


そういう所が、このエイデン王国の特徴だった。もとより、農耕牧畜という平和安穏な産業で成り立っているのんびりとした国である。他所の国もあるから兵力も持っているが積極的ではなく、商業協定と同じくらいに防衛協定を結びたがるような面も持っているのであった。また古き良き王族がいるともあって、親族のつながりが強いこともあり、一見平和ボケと思えなくもないこの国家も既に700年の歴史があった。現実世界なら相当なものである。


が、事ここに来て、唯一にして絶対の実像を持つ神・アルカヌムが世界中で戦争をやれと言うのであれば常に和平を求めるこの国とて傍観はしていられない。既に海運国家ハイシェンが山岳の商業路を抱えるハビギスを落としているのである。


エイデン王国も、既に周囲の都市や国家から何かと通知が来ている。まず最も血の濃い親類が経営するダムレイ王国。次に、広大な草原地帯を有し、物流と文化の相似から比較的仲の良い諸部族国家アータウ。最後は都市国家ニパルタク。何れからも戦争について乗るか否か、あるいは宣戦布告をどうするか、云々――といった文が届いている。それで――


『……和平交渉、ですか?』


『ようやく喋ってくれたわね、興味を引かれたのかしら?まあ、ええ、そうよ。一旦落ち着いて今までどおり仲良くして、状況を見定めましょうね、ってお話しに行くの』


『残念ながら私の生まれたここエイデンは武力については一段劣るわ。それは認めざるを得ない真実、だからこそ、そこに漬け込まれるより早く強い態度で他所に出て行く必要があるの』


『上手く行けば戦争もしなくて良い。でも、やはり話し合いでは足元を見られる可能性も在るわ。世界が戦時中だからこそ、国家間の話し合いはお金や絆より武力が重視されるでしょうしね。そこで貴方にはちょっとした箔をつけてから、私達と一緒に幾つかの国を回ってほしいのだけれど……駄目、かしら?』


まだ「箔をつける」とは何かも、いやそもそも、自分の能力すら知らないようなこの青年は、優しい笑みがやや不安げに変わって首を傾げるや、直ぐに「大丈夫です!」と返事をした。エレナがまたむっとする。ローザはにこりと笑った。天使だが、裏に策士な面もあるとみえる。


さて、申し遅れたがこの青年。道端に倒れていたのを奇異な格好だからもしかしたら、と王城に運び込まれた真に勇者の男である。名前は山城睦月といった。この世界ではやや妙な名前なのは確かであるから、王妃も王女も、単に彼を『ムツキ』と呼ぶようにこの時、決めたのだった。

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