七話
一条真は現在、クライン城の牢獄に囚われていた。
牢屋の内装は以前と同じで、代わり映えのしない殺風景が広がっている。
どうしてこうなった、とクライン城到着直後の事を思い返す。
「姫様、ご無事でしたかッ!?」
「ええ、ありがとう。心配をかけましたね」
城門を守護する衛兵が、ルーチェの帰還を喜んだ。
深夜だというのに、門前は人だかりが出来ていて、皆ルーチェを心配しているようだった。
彼女は兵士に慕われているのだな、と真は感心した。
真は途中まで走らされ、へとへとの状態だったが、衛兵たちが喜んでいるのを見て、素直に良かったな、と思った。
しばらくすると、衛兵の一人が真の方を見やり、ルーチェに「この者は?」と訊ねた。
ルーチェは少し悩んだ後、何か閃いたように「不審者です」と答えた。
瞬間、衛兵が一斉に真に襲いかかってきた。
為す術もなく真は捕縛され、ルーチェを見ると、彼女は愉しそうに笑っていた。
「くそっ……、あの女のせいで俺は……ッ!」
歯ぎしりしながら真はルーチェを罵った。
あぐらをかき、腕を組みながらルーチェの事ばかり考える。どうすればこの場から逃れられるのかも。
だが自問しても、解答はない。
真にこの場で成せることは、ルーチェを罵倒することと、自身の不遇を呪うことくらいだ。
諦めてもう寝ようと簡易ベッドに仰向けで転がると、ガシャン、と鉄の錠が外される音がした。
見ると兵士が一人立っていて、出ろ、と身振りで合図したので、真は大人しく中から出た。
「ついてこい」
「……どこへ連れて行く?」
「姫様の所だ。姫様じきじきにお前を取り調べするそうだ」
上等だ、とこれまでの扱いの鬱憤を晴らすために、意気揚々と真は兵士の後をついていった。
「連れて参りました」
簡素な木製の扉を開くと、そこはアンティーク調の空間が広がっていた。
壁際には蝋燭があり、仄かな光が室内を照らしている。姫様のベッドというと、もっと豪華な物を想像していたが、真の世界にもあるようなベッドとなんら遜色ない。
椅子に腰かけていたルーチェは、「ありがとう」と言うと、兵士に下がるように命じる。
兵士は敬礼し、黙って室内を去っていった。
完全に兵士の気配が無くなると、ルーチェは真に向き合った。
綺麗なドレスに身を包んだルーチェに、真は見とれた。
「どうシン。一日に二度も牢屋に入れられた気分は?」
「……なかなか、悪くなかったよ」
皮肉で言ったが、彼女は嬉しそうに笑うばかりだ。見てくれは良くても、内面が伴っていないような彼女に、真は腹黒い性格なのだと悟った。
「本当に貴方って変わってるわね。普通、あんな事されたら怒るでしょ? 異世界の人って、貴方みたいな人達ばかりなの?」
「……ふん。悪かったな。俺は女を怒るのが苦手なんだよ」
微笑しながらルーチェは真に、椅子に座るように促す。そしてテーブルの上に、ティーカップを置いた。
「さて、と……。夜も遅いし、率直に話しましょうか。シン、貴方の力を私たちに貸してください」
「力って……? 俺には何の力も無いって言ってるだろ?」
「それは貴方がまだ自分の力に自覚してないだけ。貴方には間違いなく〝ピースメーカー〟の力が備わってる。私はこの目で見たんだから、保証します」
「見たって……何を?」
「貴方が振るった剣から、黒い球体が発生したこと。そしてその黒球が、敵兵の命を奪ったこと。私は気絶する直前、確かに目撃しましたよ?」
挑むように問われるルーチェの視線。だが真は力無く首を振った。
「残念ながら、きみの幻覚だろう? あの時は俺も無我夢中だったんだ。何が起こったのか、さっぱりだ。俺も混乱してたしな」
「起こったことを、否定するの?」
「否定じゃない。だけど俺は自分の世界ではそんな力ないんだ。どこでにもいる平凡な学生。とりわけ特技もない、ただの高校生だ。
アレだって、こっちの世界じゃ日常茶飯事なんだろ? 俺の世界のルールとは違う」
「こっちの世界でもそうですよ。あんな現象、ころころ転がってるわけじゃないの。あの力は間違いない〝ピースメーカー〟の力。クライン王国でも、一握りしか扱えない力よ」
「その滅多にない力が、俺に備わってるなんて、なんで分かる? きみの見間違いかもしれないだろ?」
「解る。私には解るわ。貴方は〝ピースメーカー〟の力を持っている。間違いなく」
確信に満ちたルーチェの言に、真は気圧された。
「……理由は?」
「女の直感。それだけで理由は十分です」
「話にならないよ……」
「信じてもらおうとは思ってません。それに、シンには選択肢なんて残されてないの。
私たちに協力して、元の世界に変える方法を探すか。
それとも、クライン王国の牢屋で一生を終えるか。
そのどちらかしか、シンにはない」
「………………」
確かにルーチェの言う通りだ。自分の未来はその二択しかない。
ごねても仕方ない。ここは彼女に協力するべきだ。
「……分かったよ。きみに協力する」
「本当ッ!? ありがとう!」
ルーチェは真の手を取り、喜んだ。
そんな彼女を真は赤面しながら、この子は苦手だ、と思った。
ゴホン、とわざとらしく咳払いし、真はルーチェの手をほどく。
「んで、俺は具体的に何をすればいい? 何を君に協力すればいいんだ?」
ルーチェは思わしげに椅子から立ち上がり、室内を歩く。
そして何かを決意したように、ふぅーっと息を吐いた。
ルーチェは机上に、バッと地図を拡げる。
「……現在、私たちの国、クライン王国はとある国と戦争状態にあります」
ああ、と頷き真は、ルーチェに話を続けるよう促す。
「その国の名はグロース。軍事国家でとても巨大な国」
地図上にあるグロースと、クラインを交互に指し示す。約十倍ほど国土の面積が違う。
……何か、嫌な予感がする。
「シン、貴方は私と――私たちと一緒にグロースを破り、クライン王国を平和に導いて欲しいの。それが私が貴方に協力する条件」
素敵なかわいい笑顔で、ルーチェは言う。
真は自分の足元が崩れ、底なしの暗闇に落とされたような気分で、彼女の言葉を聞いていた……。