六話
「まったく……恥を知らないのですか、貴方は」
気絶から復帰した真を待ち構えていたのはルーチェの延々と続く説教だった。
やや辟易しながらも彼女の言に耳を傾けていたが、それもそろそろ限界の兆しを見せ始めていた。
「……で、これからどうするんだ? 俺たちは丸腰で、頼りになるのはこの剣だけだぞ?」
真は鞘に収まった剣をルーチェに見せる。剣技になれてない真からすれば、包丁同然だ。打ち合えば、確実に真は死ぬ。
だが真の心配とは裏腹に、ルーチェはあっけらかんと答える。
「心配無用ですわ。貴方には特別な力があるのでしょう? 〝ピースメーカー〟の力が」
「? その〝ピースメーカー〟って何なんだよ。きみが気絶する前にもそんな事、呟いていたけど」
「――〝ピースメーカー〟の力を知らないの、貴方?」
「お生憎。俺はこことは別の世界からやってきたって言っただろ? そのピースなんたらなんて、聞いたこともないよ」
真がうんざりして答えると、ルーチェは真摯な表情で「〝ピースメーカー〟」と答える。
「貴方が使った力は間違いなく〝平和を創造する力〟だった。だから私は自国の国民だと思ったのだけれど……。
貴方、本当にクライン国の民じゃないの?」
「だからさっきから何度も言ってるだろ。俺は、この世界の住人じゃない。気づいたらこの世界にいたんだ。頼むから、俺をもと居た世界に帰してくれ」
いい加減厭になってきた真に対し、ルーチェは溜息をついた。
「その問答には飽きたわ。現時点で貴方を、貴方のいう世界に帰す方法を、私は知りません。自国の民ではないのなら、その義務も私にはないのだから」
「……人間、皆平等に扱うことって、俺のいた世界じゃ言ってるんだぞ?」
「アハッ。何を仰ってるんですか。人間皆不平等です。貴族として生まれた者もいれば、平民として生まれた者もいる。頭脳で働く者もいれば、体で働く者もいる。
能力、環境、全員が平等なんて、そんなの有り得ませんわ。貴方、余程平和だった場所からやってきたのね?」
嘲笑するルーチェに、真はムッとした。
「じゃあどうすれば、俺を帰してくれるんだ。何をすれば、きみは協力してくれる」
「見ず知らずの人間に、貴方は一体何を言ってるの?」
「もう見ず知らずじゃない。きみはルーチェ・クラインで、俺は一条真だ。名前を知った時点で、俺ときみはもう知り合いだ。
それにこの世界で、俺は頼るべき人がきみ以外いない。俺で何か手伝えることがあれば協力する。だから、きみも俺に協力してくれ」
真の申し出が意外だったのか、ルーチェは目を見開いた。そして思案顔で答える。
「そうねぇ……。じゃあ、まずは私をお城まで運んでもらおうかしら」
「城?」
「そう。ここから南西に向かった場所に、私の本国がある。そこで体制を整え、グリモワールを奪回します。
今頃、本国は大慌てになってるだろうし、一刻も早く私は本国に戻らないといけない」
「……だけど、俺は剣を振るえないぞ。きみを護りきれないかもしれない」
グッと握る拳を、ルーチェの掌が包み込む。
「大事なのは心の在りようよ、シン。剣を振るうことが全てじゃない。貴方は貴方のやれる事をやればいいの」
微笑むルーチェの顔を見るのが気恥ずかしくて、真は目をそらす。
「それに、いざとなったら盾ぐらいにはなれるでしょ?」
「……え?」
それはいざとなったら、捨て駒にするという意味ではないだろうか。
そう問う前に、彼女は馬に跨り、走らせた。
「あ、おい! 俺も乗っけてくれよ!」
「護衛は徒が決まりなのよッ!! シンも急いで走りなさい!! この子に追いつけなくなるわよ!!」
真が憤る前に、ルーチェはどんどん遠くへ離れていく。
確かにこのまま見失って、自分だけ迷子なんてゾッとしない話だ。
真は舌打ちした後、ルーチェを追って駆けだした。