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ピース・メーカー  作者: ウミネコ
第一章
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四話

 真は改めて戦場に佇んだ。

 飛び交う罵声と怒号。

 火の手はあちこちから立ち上り、負傷した兵士達が城下で手当を受けている。

 ルーチェは兵士達に命令を出し続け、立て続けに来る伝令の対処に追われていた。

 真の視界に映るのは紛れもない現実だった。

 負傷兵の悲鳴や、生々しい剣の切り傷。肉はただれ、腕がない人もいる。

 真は地獄を見ているようだ、と思い慄然とする。

 自分の知っている世界は、平和そのものだったと再度認識した。

「シンッ! 何をしてるの! ここももうすぐ敵がやってくる! 早く、撤退の準備をなさい!」

 ルーチェに叱咤され、ビクッと身が竦んだ。

 そんな事を言われても、真は何をしていいか分からずオロオロと狼狽えるだけだった。

「いいわ! もう、こちらに来なさい!」

 怒るルーチェに手をひかれ、真は彼女に連れていかれる。

 混沌と混乱の渦が湧き起こる人垣を掻き分け、真とルーチェは馬房へと辿り着いた。

「準備は出来てる、兵士長?」

 馬を用意する兵士長に、ルーチェは声をかけた。

 兵士長は敬礼し、「ハッ! いつでも走れます!」と答えた。

「お、おい! どこに、行くんだ!?」

 真の質問に兵士長とルーチェの表情が苦痛に歪んだ。

「ここから逃げるのよ……! グリモワールは、放棄します……ッ!」

 答えたルーチェに、真は驚いた。

「ちょ、ちょっと待てよ! グリモワールって、大事な場所なんだろ!? それに、まだみんな戦ってるじゃないか! それなのに、ここから逃げるのかッ!?」

「――じゃあ、どうするって言うの!?」

 真の言い分に、ルーチェは声を荒げた。

「兵士が戦ってる!? そんな事、貴方に言われなくても知ってます! これから彼らを見殺しにする事だって、承知しているわ!

 でも、だからってどうするの!? 私は、この国の姫なの! 私が死ねば、全てが終わるの! それが貴方には、分からないのよ……ッ!!」

 ルーチェの目には涙が溜まっていた。自分がこれから何をするのか、委細漏らさず承知しているようだった。

 真は自分の無神経な発言を恥じた。

「……すまん」

「……いいのよ。こちらこそ怒鳴ってしまってごめんなさい」

 涙を拭い、ルーチェは兵士長に向きあう。

「貴方もごめんなさい。私は貴方たちに、自殺を命じてるようなものなのに……」

「いえ、姫様は我が国にとって、重要な人です。貴方を失ったら、それこそ我が国は滅んでしまう。ですから、我々の事は気になさらないでください」

 ニッと笑う兵士長に、ルーチェは再度彼に謝罪しようとした。だが次の瞬間――



 爆音が轟いた。



 真達が脱出しようとした鉄の門が粉々に砕け散り、破片が散逸する。

 爆発の衝撃で真達は吹き飛び、地面に転がった。

 キーン、という耳鳴りと、白煙で視界が霞む。

 そして敵の兵士達が怒号を上げながらなだれ込んできた。

「大丈夫!? シン、しっかりなさい!!」

 ルーチェが真を揺り起こす。彼女の綺麗だと思った金髪は、砂埃で汚れていた。

「……だ、大丈夫だ……。それより、他の人達は……」

 ルーチェは首を振る。分からない、と言ってルーチェと真は立ち上がり、馬のもとへと駆け寄った。

「先に貴方が乗りなさい」

「……俺は馬に乗ったことがないんだよ……」

「貴方が乗った後、私もすぐ乗るから――――ッ!? 危ない――ッ!!」

 どん、と背中を押される。見上げると、敵の兵士がルーチェを斬りつけていた。

「ルーチェ!? おい、ルーチェしっかりしろ!!」

「う……」

 かろうじて意識はある事に安堵する。だが脅威はまだ終わらない。

 黒い甲冑を着た敵兵が、止めを刺そうと、剣を再び振り上げる。

 真は膝がガクガクと震え、動けなかった。体が恐怖に支配され、死を受け入れようとしていた。

 迫る白刃の煌めき。真はせめてルーチェは生きられるように、と自らを盾にして彼女を護る。

 真は目を閉じ、死を覚悟した。

 そこに、

「危ないッ!!」

 と叫ぶ声が割り込んだ。

 瞼を開けると、先程の兵士長が剣に貫かれていた。真の顔に暖かい液体が降りかかる。

「……ひめさ、まを……頼んだ、ぞ……ッ! 小僧……!!」

 ドサッと地面に兵士長はくずおれた。

「おい、あんた! しっかりしろ、おいッ!!」

 男は眼を見開いたまま、絶命していた。揺すっても反応はもう無かった。この世から完全に去ったのだ。

 真は絶叫した。涙が滲んだ瞳で、眼前の敵を強く強く睨んだ。

 コロシテヤル……!!

 今まで懐いた事のない強烈な感情が真の心を染めた。

 それは純粋な憎悪だった。混じりけの無いまっさらな感情。

 真は、ルーチェから渡された剣をスラリ、と抜く。

 兜で顔を覆っている敵の兵士は、せせら笑っているようだった。

 お前に剣が扱えるのか、と馬鹿にされている気分だった。

 真は剣を振り上げ、一閃する。

 だが敵に軽くあしらわれ、蹴りを腹に食らった。

 吐き気をこらえ、ギッと強く敵を睨んだ。その反抗的な態度が相手の嗜虐心をそそったのか、敵は剣を収め、真をひたすら蹴り続けた。

 蹴られる最中、真の心中はひたすら相手を殺す事ばかりを思考した。

 グリモワールの虐殺者と呼ばれている自分を信じろ、と。

 敵の攻撃にひたすら耐えた。が、やがて相手も飽きたのか、蹴るのを止める。

 そして終わりとばかりに剣に手をかけた。

 鞘から剣を抜く一瞬の動作を、真は見逃さなかった。

「うお――――っ!!」

 刺突し、相手の喉を穿った――瞬間。



 敵の喉に奇妙な黒球が発生した。



 黒い球体は螺旋の渦を巻きながら、敵の頭部を吸い込む。

 そいつの頭部は消失し、血を噴き出しながらバタンと、倒れた。

 何が起こったのか分からない。真は呆然と敵の遺体を眺めた。

「おい、こっちにまだ生存してる奴がいるぞ!!」

「――――ッ!!」

 敵兵の怒声が聞こえ、真は呻くルーチェを馬に乗せ、自らもまたがった。

 今は考えこむ時間じゃない……! この場を一刻も離れなければ!

 真は手綱を握り、馬を走らせた。突如駆けだした馬に、敵兵は驚き対応できない。

 二人は破壊された門をかろうじて突破する。

 怒号が飛び交う中、ルーチェが微かに呟いた言葉を、真は見逃さなかった。

 ピースメーカー、と。

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