三話
「そう……。そんな事があったのですか……」
真はルーチェに自分の知っている限りの経緯を説明した。
初めは真の言葉を訝かるルーチェだったが、奇妙な声を聞いた、と言ったら、どこか納得しているようでもあった。
「だから、俺はこの世界とは無関係なんだ。頼む。ここから出して、俺をもといた世界に戻してくれ」
「うーん……、でもそれはとても難しい話ですね」
「え? 何でだよ。納得したんじゃないのか?」
ルーチェは何やら思案顔で、とことことその場を旋回しながら歩く。
「第一に、貴方の言っている事がおいそれと信じられないこと。
別の世界からやってきた? 確かに変わった服を着ていますが、その事は貴方が別の世界の人だという証拠にはなりません。いつの時代も、ファッションの最先端を行く者は見かけぬ格好をするものですから」
真の着ている服は、この世界のものではない。ジーンズにパーカーというラフな格好だ。だがこれを異世界の証拠、というには確かに弱すぎる。
「第二に、貴方を貴方のいう別の世界に戻す方法、というのが私たちには皆目見当がつきません」
「それは、俺を呼びだした奴に聞いてくれ」
「ですから、それは一体誰なのです? 異世界人など、私は初めて聞きました。仮に貴方の言うことが本当だとしても、私たち自身がその方法を知らないのです。貴方を戻したくても、手段のアテがない」
「そんな……」
真が愕然として落胆すると、ルーチェは彼を追い討ちにかける事実を伝える。
「第三に、私たちは貴方をここから出すわけにはいかないのです。〝グリモワールの大虐殺〟に関与している可能性がある貴方を、私たちは見逃せない」
「グリモ、ワールの大、虐殺……?」
オウム返しで質問する真に、ルーチェは首肯する。
「現在私たちはある国と戦争状態にあります。グリモワールという拠点を奪われれば、私たちの国は非常に危うい立場になる。劣勢だった我が軍は、援軍を率いて戦場に駆けつけました。だが援軍が着いた頃には、戦闘は終わっていて、誰もいなかった。生存者はおろか、死者の亡骸もない。ただ一人、貴方だけを残して、戦場には誰もいなかったのです」
「それで……俺が、その〝グリモワールの大虐殺〟というのに、絡んでるって……? 言いがかりもいい所だ。俺が、そんな事をしでかす人間に見えるってのかよ!」
「言葉では何とでもいえます。現に貴方はあらゆる点で不可解な存在です。謎が多すぎるし、自らの所属を明らかにする手立てもない。私たちが最重要容疑者として、拘束するのも無理はないと思いますが?」
ウッ、と真は息を呑む。ルーチェの言っている事が、正論で真は自分を証明する方法が無い。言葉など、いくらでも偽造できる。
「じゃあ、どうしたら、俺を――俺の言っている事を信じてもらえる……?」
「それは――」
ルーチェが答えようとすると、不意にバンッと扉が勢いよく開いた。
見ると、先程の兵士が息を荒げながら「姫様ッ!!」と叫んだ。
「? どうしたの?」
「大変ですッ!! 敵が――グロースの連中が大軍を引き連れて攻めて参りました!!」
「ッ!? 何ですって!?」
「外は既に敵の火の手が上がっています!! どうかご指示をッ!!」
耳を澄ますと外から、ワァーッという人の声が微かに聞こえる。近くはないが、決して遠いとも言えぬ距離だ。
「すぐに参りますッ!! 貴方はすぐに現存する兵士を招集しておきなさいッ!!」
ハッ、と敬礼し、男は慌てて去っていった。
焦燥を募らせるルーチェは、真に向き合う。
「……何だよ」
「貴方がグロースの手先でないというのなら、私たちに力を貸して。貴方の力が、必要なの」
檻の隙間から短刀を差し入れられる。剣をとれば、牢屋から出すということか。
背に腹は代えられない。
真はやむを得ず、柄を握った。
ガチャッと、牢屋の扉が開く。
「ついてきて。変なことをしたら容赦しませんから」
「分かったよ」
ルーチェが駆けだし、真は彼女の背を追いかけた。
真は戦場に赴く。そこに待ち受ける過酷な現実を知らずに。