三十七話
「どうしたルーチェ?」
部屋の外に出て、ルーチェに話しかける。
彼女は黙ってスタスタと、宿屋のテラスに向かって歩いていったので、真も仕方なくそれに続く。
テラスに出て、ルーチェは木製の椅子に座る。
「おいおい、一体どうしたよ、ルーチェ? 何か怒ってるのか?」
そう言って、真も椅子に座る。ルーチェは明らかに、むっつりとした表情をしていた。
「シン、お願いだからあの男と、あまり喋らないで欲しいの」
「何で?」
「あの男は害悪よ。そして貴方には知ってもらいたくない事柄も話す」
「アレスが悪い奴だってのは俺も分かる。だけど、ルーチェの事を知りたいっていう気持ちもあるんだ」
「貴方に、過去の私の事を知って貰いたくない。現在と、未来の私を見て貰えればそれでいいわ」
「そんな……。それじゃあ意味ないだろ。過去を無くすなんて不可能なんだから」
「それでも貴方には知って貰いたくない。だって、昔の私を知れば貴方は幻滅するから……」
ルーチェは顔を俯ける。
真は微かな苛立ちを抱き、ルーチェに言った。
「じゃあルーチェは、俺の事を知りたくないのかよ」
「そんな事言ってないでしょ。私は貴方を――シンをもっと知りたいと思ってるわ」
「だったら俺だって同じさ。過去がどうであれ、俺はルーチェ・クラインを好きになった。好きな人の事を知りたいのは、当然の欲求だろ?」
「それでも私は、貴方に勝手に私の過去をほじくり返してもらいたくないの!」
「なっ……!」
真が絶句すると、ルーチェは「ごめんなさい……」と言った。
「でもね、シン。これだけは憶えといて。この戦争がどういうものかを知れば、貴方は多分私から離れていく。それが、私はとても怖いの……」
「………………」
真は黙って席を立った。
それが一番だと思ったから。
「頭、冷やしてくる。夜までには戻るよ」
そう言い残してルーチェの前から去った。
ルーチェが何か声を掛けようとする気配を感じたが、真は立ち止まる事はしなかった。
真が去って、しばらくするとリウビアが現れた。
沈み込んでいるルーチェの前に座り、労りの眼差しを向ける。
「……どうされました、姫様?」
「シンがね、私の前から消えるんじゃないかって、不安になってたの……」
「そうですか……」
リウビアはそれだけ言って、特に後は何も言わなかった。ただ静かに、優しくルーチェを見つめている。
「ねぇ、リウビア。シンはこの戦争の原因を知ったらどう思うかな?」
「私には何とも申せません。ただ、貴方様がとても難しい立場である事は理解しているつもりです」
かつての私もそうでしたのだから、とリウビアは言った。
「……貴方は、実の父たちと私が内戦をしてた時、どう思ってた……?」
ルーチェの質問に、リウビアは首を振った。
「正直なところ、よく分かりませんでした……。敬愛する姫様と、親愛する父や兄が争うところなど、見たくなかった。ただただ、悲しかった……。それだけです」
「そう……」
「ですから今回の戦争もそうです。イチジョーシンの事は、この際除外するべきです。貴方の気持ちは、貴方にしか解らない」
「そうだよね……」
「ただ姫様、これだけは憶えておいて下さい」
「? なに?」
「私は貴方に救われた時、暗闇に一筋の光明が差した想いがしました。全てが黒く覆われた私の心を、姫様は救ってくれました。――ですから、貴方が正しいと想う道を歩んで下さい。私は、貴方についていきます」
一礼して去るリウビアに、ルーチェは「ありがとう」と言った。
ルーチェはテラスから見える城に眼差しを向けた。
(待ってなさい、ヴァイス。貴方は私が止める。一人の姉として、貴方を止めてみせる……ッ!)
ヴァイス・クライン。
グロースとクラインの戦争の元凶。
血を分けた弟を、ルーチェはどんな事があっても倒すと、かたく心に刻んだ。
ルーチェは、ノースサイドの空を見上げる。
空は、黒く澱んだ暗雲が立ちこめていた――




