二話
一条真は、深夜桐ヶ崎高校の〝ドーム〟跡地に一人佇んでいた。
荘厳な建物は数日前に地下ガスの爆発により崩壊したと教師から説明があった。
だが真はそれを聞いた瞬間、顔から血の気が引いた。
妹の失踪が〝ドーム〟の崩壊と因果関係があるのではないかと疑っていたからだ。
妹である愛歌は、最後〝ドーム〟付近にいったと妹の友人から聞いていた。
真はいても立ってもいられず、即座に〝ドーム〟に赴いたが、手掛かりは何もなかった。
だから〝ドーム〟が壊れたと知った時は、彼女が死んだと同義だった。彼女に至る道が閉ざされたと思った。
真は『立ち入り禁止』の札がぶら下げられているロープをまたがり、内側へと入っていった。
瓦礫を踏み砕きながら奥へ奥へと進む。
やがて、十字架のあった祭壇へと辿り着き、ぐるりと周囲を見渡した。
失踪した愛歌に思いを馳せながら夜空を見上げ、星の瞬きを眺めた。
一条愛歌。真の妹。父の再婚相手である女性の連れ子。
真と愛歌には血が繋がっていない。だが、初めて愛歌と出逢った時、彼女は妹となり護る対象となった。
義理の母とは隔絶した関係だった。互いに互いがどこかよそよそしく、結局家を出るまで真は彼女とは家族になれなかった。
このままだと悪化する一方だと思った真は、父や愛歌まで巻き込んでしまうのが嫌で、いまは一人暮らしをしている。
愛歌とは学校が同じなので、時折顔を合わせたり話をしていた。
校内で話していると周囲から恋人だと疑われ、真が妹だと説明しても信じてもらえなかった。似ていない兄妹、というが友人たちの見解だった。
愛歌には好きな男子がいたようだが、自分は違う。真は愛歌を護る事で一杯で、自ら恋人を作る余裕はなかった。
家族と微妙な関係を続けたが、それも妹の失踪と同時に破綻する。
義母は狂乱し、父は落胆した。どこか壊れているようだった。
『貴方が愛歌を殺したのよッ!!』
実家に戻った時、義母からそうなじられた。父も真を庇おうとはしなかった。真は本格的に彼女達と距離を置くようにした。
自らの存在が、義母にも父にも悪なのだ。
だが義妹――愛歌は違う。
愛歌は、真の妹であり、護らないといけない。
彼女は真に優しくしてくれた。優しく接してくれた。
近所にいた仲のよかった人が引っ越しして、真の目の前から消えた時も、愛歌は真を心配してくれて、なぐさめてくれた。
それは成長した現在となっても同様だった。
失踪したと聞いた時は耳を疑い、激しく後悔した。
失踪する直前、彼女の態度はどことなくおかしかった。
話している最中にも視線を宙に泳がせたり、独り言がままあった。
真は愛歌の体調が優れないのか、と問うたが、彼女は「大丈夫」としか言わなかった。
大事にしすぎたが故に、彼女を失った。
彼女の自己を尊重するために、彼女に対して一歩踏み込まなかった。踏み込めなかった。
……いや、それは言い訳だ。
真は、愛歌からの拒絶が怖いがために、彼女に対して遠慮してしまった。自分が傷つくの厭だったから……。
本当に大事なもの――大切なものは全てを投げ打ってでも死守しなければならないことを、真は愛歌を失ってから初めて気がついた。
『本当に大事なものは失ってからきづく』とは誰の言葉だろうか?
真は自嘲し、乾いた声が口からこぼれた。
虚しさを覚え、真はその場を去ろうとする。
すると不意に、足元からパキンッ、という何かが砕けた音が聞こえた。
瓦礫を踏み砕いた音ではない。聞き覚えのない音に、真は興味を懐き足元を覗きこむ。
「なんだ……これ?」
そこにはキラキラと輝く銀の破片が転がっていた。見ると、楕円を描くように地面が抉られている。
まるで誰かが〝ここにあってはならないもの〟を取り去ったかのような形跡があった。だけど完全に痕跡を取り除くことは不可能だったようだ。
真はおそるおそる手を伸ばし、銀の欠片を拾いあげた。この世のモノとは思えない、惚れ惚れする輝きに、好奇心を懐く。
だが拾い上げた真に不思議な声が聞こえてきた。
……ケテ……
……タスケテ、ダレカ……
綺麗な声が真の耳朶を打ち、彼は周囲を見渡した。だが誰もいない。幻聴かと疑った。
だけどその声は、どこか愛歌の声に似ていた。真は銀の破片が、義妹の失踪に繋がる手掛かりだと思い、一際大きい銀の欠片に手を伸ばす。
その刹那――
真を黒い螺旋の渦が呑み込んだ。
悲鳴をあげる間も無く、真はこの世界から姿を消した。
後に残るのは静寂のみだった。