第一話
一条真が目を開けると、そこには石造りの天井があった。
周囲は殺風景で、蝋燭の明かりが室内を照らしていた。
ギシッと軋んだ音がするので、起き上がると自分は木製の簡易ベッドで寝ていたと察する。
窓からは星空が見えたので、外はもう夜なのだと判った。
ジャラッという金属音が聞こえたので、見ると両腕に鉄の鎖が嵌められていた。
(なんだこれ?)
真は鉄の鎖を引っ張る。だが、鎖は一向に取れる気配をみせず、ジャラジャラと不協和音を奏でるだけだ。
窓から反対方向から灯りが差し込んでいることに気づき、目をやると驚愕した。
鉄格子が、内から外への脱出を阻むかのように嵌められていた。
牢屋のような室内だな、と真はそこで初めて思い至った。
疑問と焦燥が募り鉄格子に飛びつき、ガンガンと打ち鳴らした。
「おーい、誰か――ッ!! ここから出してくれ――ッ!! おーい!! 誰かいるんだろ――ッ!!」
真の叫びは廊下に反響する。格子の隙間から覗ける風景は、真が囚われている室内と似たような造りをしていた。
程なくすると、カシャンカシャンという鈍い足音が聞こえてきた。
人だ。人がいる。
映画やゲームなどで見る鎧を着た人間が真の前に立ち止まり、身振りで下がれと命令してきた。
そして真の淡い希望を打ち砕くかのように、銀の穂先を眼前に突きつけてきた。
「貴様ッ! 何者だッ! あの場所で一体何が起こったのか、説明してもらおうか!! グロースの間諜か!? 兵士達は何故、誰もいなかったんだ!?」
兜をつけた男は激昂し、真には解らない事を次々と訊いてきた。
だが真は、現在の立場や環境を理解できていないのだ。状況説明をしてもらいたいのはこちらの方である。
「何わけわかんないこと言ってるんだ! それより、俺をここから出してくれ! 何で俺はこんな部屋にいるんだ! あんたこそ、俺を閉じ込めて何をする気なんだよ!」
男に負けじと真も反論した。槍を突きつけられているとはいえ、不当な扱いに耐えるつもりはない。現在の社会は平等で公平なのだ。憲法で提唱しているではないか。
だが真の反論は、男の怒りに油をそそぐ結果となった。槍がぶるぶると震え、額に血管が浮かび上がっている。
「……姫様に、手を出すなと言われたがもう我慢できん……ッ!! 例え処罰されようと、どこぞの者とも知れんヤツだ! この場で、私が貴様を殺すッ!!」
え、ちょっと待てよ、と言う前に、男は牢屋の扉の鍵を開け、中に入ってくる。
そして、腰にある剣をスラリと抜いて振り上げた。
真は即座に後ろに逃げたが、すぐに壁に阻まれ逃げ場を失った。
「貴様の死を持って、我が国の死者の魂を鎮めてもらうぞ、小僧ッ!!」
ヒッと喉から悲鳴を漏らし、真は目を閉じた。
男が剣を振り下ろす。その瞬間。
「お待ちなさいッ!」
という凜とした声が、男の行動を止めた。
真がそっと瞼を開けると、男は剣を鞘におさめ敬礼の姿勢を少女にしていた。
「その者を殺すことはなりません、と私が命令したのを忘れましたか?」
「ハハッ! 申し訳ありません! 我が祖国を仇をなす敵かと思いまして……」
「それは私が判断することです。この場で見たことは不問といたします――下がりなさい」
男は少女の言葉の意味が分からなかったかのように、問い直す。
「いえ、しかし、この者はあの〝大虐殺〟を行った可能性があり、姫様に危害が……」
「兵士長。私の命令が聞こえませんでしたか?」
再度の少女の命令で、男は苦虫を噛み潰した顔をした後、頭を垂れその場を去っていった。
少女は兵士が完全に居なくなったのを確認し、真に向き合う。
「初めまして。私はルーチェ・クライン。クライン王国の女王です」
挨拶をした彼女を、真はあらためて観察する。
流れるような金色の長髪。どこかあどけない雰囲気を残す端整な顔立ち。漫画やゲームでしかみない、洋風のドレスを着た彼女を真は不思議な面持ちで見つめていた。
「私は挨拶しましたよ。貴方のお名前は?」
「……一条、真。ただの、学生だよ……」
「イチジョ、ウ……? 何だか、言いづらい名前ですね。貴方の事はこれから、『シン』と呼びましょう」
宜しいですね、シン、と彼女は微笑んだ。
真はボウッと彼女を眺め、頷いた。頷くばかりだった。
これが一条真とルーチェ・クラインの出逢いだった。