一二話
一条真は実家の付近にある公園で一人、ブランコを揺らしていた。
母親が死に、途方に暮れていた彼は、自分がこれからどうなっていくのかを案じていた。
父親は母の死後の対応に追われていて、真の相手をロクにできず、『少しの間外で遊んでいなさい』と言われ、真は一人でアテもなく公園の遊具で時間を潰すことになった。
同世代の子供たちは両親と公園に遊びにきて、サッカーや投球の練習で興じている。
真は、彼らを羨むことも蔑むこともなく、ただ呆然としながら、ブランコを揺らす。
不思議と涙は出なかった。〝死〟というものを理解出来なかったのか、悲しみが麻痺していたのか、幼い真には解らない。
ただ――虚しい。
感情を言葉で表すとしたら、そうなるであろう。
真は近所に住む『お姉さん』に声を掛けられるまで、ただただ、ブランコを揺らし続けていた――――
「う……」
目が覚めると白い天井があった。ギシッと軋むベッドの音に、ふわっとした甘い香りが鼻を刺激する。
ここはどこだ、と周囲を見回すと、「まだ起きちゃだめよ」と声がかかった。
見ると、金色の長い髪をした綺麗な女性が真に近づいて、彼を再び寝かしつける。
「いま治療中だから、もうちょっと安静にしてなさい。いい?」
「……ここは? あと、貴方は一体……」
「ここは負傷者の治療施設みたいなところ。そして私はセラピア。ここを請け負ってる担当者よ」
そう言って、彼女は椅子に座り真に笑いかける。
「貴方、三階から落ちたのよ。自分の強運に感謝しなさい」
「え……?」
記憶を振り返ると確かに真は、高所から飛びりた。ルーチェたちから逃れるために必死だったので、思考判断がおかしくなっていた。普段なら、絶対にそんな事をしない。
落下した瞬間、終わったな、と思ったが、運がいいことに、真が落下した地点には大樹があり、木の枝がクッション代わりになって真を救った。最後の最後で頭を打ってしまったのだが…………
「そして君は私が見つけて、ここに連れてきました。城内は大騒ぎよ? 〝ピースメーカー〟さん」
「……どこでそれを?」
「ルーチェから。あの子、こっそり私に教えてくれたのよ。『異世界のピースメーカーが来た』って複雑な顔をしてたっけ」
「………………貴方も、その〝ピースメーカー〟なのか?」
「私? もちろんよ」
セラピアが真の頬に手を当てる。仄かな光が生じると、真の切り傷が塞がった。
「私の力は〝回復〟よ。この程度だったら朝飯前ってところかしら」
「……羨ましい」
「え?」
ぼそっと真が呟くとセラピアはきょとんとした。
「その力があれば、誰かを救える。……俺の力は、多分、人を傷つけるだけだ……」
がっくりと真はうな垂れる。
彼女の力は傷ついた人を救える力だ。護りたい人を護れる力だ。真が求めていた理想の力。
反対に自分の力は、人を殺す。ルーチェたちの言葉を否定してきたが、真自身、自分の力を自覚している。〝黒球〟が発生して、相手を殺したことは、紛れもない事実であり現実なのだから……。
「……私は、貴方の方が羨ましいけどな」
「……え?」
真が面をあげると、セラピアは微笑んでいた。
「私の力は確かに誰かを救えるのかもしれない。でも、切り開く力じゃない。誰かを護れる力じゃないの」
「そんなことはないでしょ」
「そうなのよ。私は傷ついた兵士をこの力で治療してきた。結果、いくつもの命を救ってきた。そして彼らを再び戦場へと送り出してきたわ。でも、それって正しいのかしら?」
「……どういう意味ですか?」
真が訝しむと、セラピアの表情に陰が落ちる。
「瀕死寸前の兵士たちを私は治療する。兵士たちは私に感謝してくれるわ。でも、彼らは戦場で味わった絶望や苦痛、恐怖といったものを再び味わうのよ? 彼らは本当に私に感謝してくれてるのかなって、疑問に思うわ……」
「それは……」
どうだろう。
確かに一命を取り留めてくれたセラピアに感謝するかもしれない。だけど、再び戦場に赴いて、死の恐怖に囚われる事を考えると、複雑な心情を兵士たちは彼女に抱くのかもしれない。
「彼らが本当に求めているのは、〝道を切り開く者〟だと思うの。自らが矢面に立って、率先して戦況を変えていく者――未来へと導いていける指導者を、兵士たちは求めている。その力が、君にはあるんじゃないのかな?」
「そんなこと……」
俺にはできません、と告げようとすると不意にドアがドンドンドン、と大きく鳴った。
ビクッとすると「シンッ! 出てきなさい」とルーチェの声が聞こえた。
「ここにいるのは分かってるのよ! 扉を開けなさい! さもなくば……」
ゴウッ、と何かが爆ぜる音がする。おそらくフーも一緒にいるのだろう。
セラピアは溜息をついて、扉の鍵を開けた。
「扉を燃やさなくても、中にはいれてあげるわよ、ルーチェ」
「セラピア……」
ルーチェとフーが中に入ってくる。そしてベッドで寝ている真を捉えた。
「フー、確保!」
ラジャー、と言ってフーが真に飛びかかり、彼を捕えた。抵抗する術もなく、真はフーに引っ立てられる。
「フー、まだ怪我が治ってないからほどほどにしてあげてね」
「だいじょうぶ、セラピア。オレに任せておけ!」
真はフーに連行されていく。室内を出る寸前、真は「傷、治してくれてありがとう」とセラピアに言った。
「また怪我したら来なさい、シン君。あと、ルーチェをよろしくね」
セラピアは手を振りながら真たちを見送る。室内には、ルーチェとセラピアの二人が残ったが、二人が向き合うと、気まずげな空気が流れ始めた。
「……じゃあ、私、行くから」
ルーチェが去ろうとすると、「待って」とセラピアが声をかける。
「……無茶だけはしないでね、ルーチェ」
「……うん」
曖昧に返事をしてセラピアから逃げるように去るルーチェ。
そんな彼女を、セラピアは心配そうな表情で見送った。




