第7話
僕は頻繁にあの薄気味悪い夢を見るようになっていた。
幼い頃は、ただ崩れ落ちるロボットの顔が怖かったが、年を重ねるごとに不愉快に感じる。
得体の知れない不安を呼び起こす。
それは、僕の死に対するイメージだから?
僕は父や母と違って人間だ。
いつかは死ぬのだ。
そのことを初めて知ったのは僕が中学生の頃だった。
教育プグラムの一環で生死を学ぶ授業があるのだ。
僕は初めてロボットと人間の根本的な違いを教えられ、ショックだった。
今朝もあの夢を見て起きた時には汗だくだった。
最近、熟睡出来ないのですこぶる体調が悪い。
頭はクラクラ、目はショボショボ・・・。
そのおかげで2日研究室には顔を出していない。
フラフラしながらリビングへ行くとキッチンで母が僕の朝食を作っていた。
「あら、マモル。おはよう。」
チラッと見ただけで、忙しそうにしている手元に視線をすぐ移して母は言った。
「おはよう・・・。」
ダイニングテーブルに頬杖を付いてだるそうに座っていると、あっという間にトースト、スクランブルエッグ、フレッシュサラダ、ヨーグルトが食べやすい位置に置かれた。
僕は、のそのそと食べ始めた。
「マモル・・・。最近、あの夢にまたうなされているのね。」
母は真向かいに座って心配そうな顔でそう言った。
「また、治療しないといけないみたいだ。」
「そうね。そうしたほうがいいわ。」
「今日、病院に連絡してベッドが空いているか聞いてみる。」
「連絡しようか?」
「いいよ。もう自分で出来るし、慣れてるから。僕も、もう25だよ。」
「そうね。」
とちょっと寂しそうな顔で母は言った。
僕は朝食を食べ終えると早速病院に連絡した。
丁度、ベッドも空いていて入院できるとのことだった。
急いで入院の準備をする。
準備と言っても3日分の下着をかばんにに詰めるだけだ。
「じゃ、行ってくるね。」
「母さん、ついて行かなくて大丈夫かしら。」
心配そうに玄関で母は立っていた。
「大丈夫だよ。いつも心配してくれてありがとう。」
僕はボソボソと言って急ぎ足で病院へ向かった。
僕は知っている。
母があの日、託児所に預けようと言った事を。
そして、今でも、後悔して苦しんでいる事を。
病院までは15分だ。
エアバイスクルで空を飛んでいけば3分もかからない。
でも、病院に置きっぱなしだと盗難されるのは間違いない。
それに、便利な乗り物ばかり使っていて筋力が落ちてきている。
だからたまには歩くのはいいことなのだ。
こういう所が人間って面倒だと思ったりする。
病院に付くと受付で簡易ロボットに出迎えられる。
そして簡易ロボットは僕の軽い荷物を持って病室まで案内してくれる。
僕は315号室に案内された。
部屋に着くと簡易ロボットは
「シバラクココデオマチクダサイ。」
とレトロな電子音を発すると、おじぎをして部屋から出て行った。
僕のように記憶の治療は3日の入院が必要だ。
1日目は精密検査。
2日目に検査の結果が悪くなければ治療し、
3日目は半日の様子見が必要なのだ。
だから3日目の夕方には家に帰れる。
ベッドの上に腰掛けて病室のTVのチャンネルを変えていると、ナースが部屋に入ってきた。
そのナースはなんとなく顔色が青ざめていた。
「担当ナースのアイリです。宜しくお願いします。」
入院するとアナムネを取る。
名前の確認、身体的問題、心理的問題、既往歴、今に至るまでの病状などいろんな項目があって、それをカルテに記録するのだ。
ロボット同士だとテレパシー機能を使えばすぐ済むのだが、僕は人間なので少し時間がかかる。
僕と向かい合わせでナースはイスに座って電子カルテをめくりながら
「初めての治療ではないんですね。」
と微笑んで言った。
入ってきた時の青ざめた顔ではなくほんのりと赤く染まった頬でにっこりされて僕はドキリとした。
「はい。」
簡単に経過だけを聴きまとめると
「では、検査の準備が出来るまで、しばらく部屋で待っていてくださいね。」
そう言うとアイリと言うナースは部屋から出て行った。
彼女は人間だろうな。
僕はなんとなく直感でそう思った。