第6話
私はナースと言う仕事を選んだ。
何故?
そう聞かれると、いつもこう答えている。
「アーミニズムを感じるからよ。」
そう答えると首を傾げる人が多い。
人類は原始時代の大昔から死に逝く者を看取ってきた。
そこにナースの原点があると思っている。
私達の祖先が普通に自然に行なっていた行為。
それがナイチンゲールの手によって職業になった。
理論的に看護を位置づけたナイチンゲールは素晴らしい。
でも、それはずっと在ったものなのだ。
原始人が看病する姿を想像すると私もその血が流れているのだと思いゾクゾクする。
が、これは誰にも言った事がない。
変人扱いされるのが怖い。
ナースステーションにエミリが駆け込んできた。
「アイリ先輩・・・私、もう305号の患者さんは担当できません。」
半泣きで私に飛びついて来た。
エミリはロボットだ。
「私に言うんです。ロボットなんかに看て欲しくない、って。私だって一生懸命やっているのに、そう言われると、もう何も言い返せません。」
そう言うと泣き出してしまった。
「分かったわ。私が行ってくる。でも、担当は婦長に相談してからよ。」
そう言って私は305号室に向かった。
305号室の患者は46歳の男性。名前はケン。
今流行の悪性の新型ウイルスに感染して、回復の見込みがない。
感染経路は血液だ。
入り口のプロテクターを着て危険レベル5の305号室に入った。
ケンはベッドに一人うずくまって震えている。
死の恐怖に震えているのだろうか・・・。
私は背中をなでた。
するとケンは顔をあげて私を見上げた。
「あんたは人間だな。」
微笑んで私は頷く。
「俺はわかるんだ。ロボットか人間かってことぐらい。人間の手は温かい。もっとさすってくれよ。」
プロテクターの上からでもそんな事感じれるのだろうか?
不謹慎にも、そんな事を思いながら私は無言で背中をさすり続けた。
「俺は、もうじき死ぬんだ。こんな部屋に入れられて。独り。死ぬんだ。ロボットが羨ましい。何度も再生できて、何度も記憶も消せれて、いつまでも生きれるじゃないか・・・。」
ケンは涙を流しながら続けた。
「俺は人間だからいつかは死ぬと分かっていた。でも、いざ、こんなわけの分からないもんに感染して、死と隣り合わせになって初めて俺は今まで”死なないと”思っていたことに気づかされた・・・。情けない。」
声は嗚咽に変わって最後が聞き取れなかった。
暫くして落ち着くと
「ありがとう・・・。また来てきれよな。それから、さっきの子に代わって謝っておいてくれないか。つい、口が滑ってひどいことを言ってしまった。もうすぐ死ぬかと思うとロボットが急に憎らしくなって・・・。情けない・・・。情けない・・・。」
「エミリには私から言っておきます。担当なのでこの部屋にも来させてもらいますが、よろしいですね?」
そう聞くとケンは小さく頷いた。
そして私は305号室を出た。
プロテクターを脱ぐのは一苦労だ。
エアーシャワーを最後に浴びて身体を消毒してナースステーションに戻る。
「エミリ。」
「アイリ先輩、すみませんでした。私の患者さんなのに・・・。」
「いいのよ。死期が近いと不安定になるのは仕方ない事よ。患者さんも悪かった、って言っていたわ。今度部屋に行っても大丈夫だから、このまま担当を続けなさい。」
「はい。」
エミリは吹っ切れたのか歯切れのいい返事を返してくれた。
数日前に別れたエイジはロボットだった。
でも、でも、私だって好きだった。
そう。
人間だってロボットの身体に嫉妬する。
私は妊娠できない身体だと分かってしまった。
ロボットはいい。
あの白いカプセルを飲みさえすれば確実に妊娠できるのだ。
私は・・・出来ない。
一緒にいるだけでもいい、と言ってくれたエイジ。
優しかった。
エイジ・・・。
まだ本当は会いたい。
エイジだったら私が死ぬのを看取ってくれるだろうか・・・。
まだ、間に合うだろうか・・・。
アイリは仕事が終わるとエイジのアパートに無意識に向かっていた。
エイジが帰ってくるまでここで待っていよう。
そして、もう一度・・・。
外は真っ暗でいつまで経ってもエイジは帰ってこなかった。
隣人が帰ってきた。女性だ。
目が合った。
軽く会釈すると
「あの・・・。あなたお知り合い?」
と、隣人はちょっと曇った表情でアイリに聞いた。
「ええ。」
「・・・その方、最近、強制終了されたらしいですよ。だから、待っていても・・・。」
と言うとバツが悪そうに自分の部屋に入っていった。
嘘・・・。
私はメモリーバンクにすぐに行った。
そして、nr46872359j-ku エイジ を急いで検索した。
3日前、エイジは強制終了していた。
ロボットは強制終了すると自動的にメモリーバンクへ登録される事になっている。
私はエイジの最後の日のメモリーを買って家に帰った。
エイジの最後の日は橋の上で雨に打たれて終わった。
私の名前を最後まで呼んでいた。
私は涙が止まらなかった。
私はケンのように泣き声は嗚咽に変わり、長く長く震えていた。