第5話
僕の前に黒い影がユラユラ揺れている。
僕は、その影に飲み込まれそうで怖くて必死で光を求めて走って逃げていた。
走っても走っても、一筋の光も見えてこない。
ただ一つだけ手の届かないところに、一つだけ星が輝いていた。
僕は宙を舞ってその星に近づこうとした。
すると、その影は”ぬぅっ”と僕の目の前に現れて、月明かりを浴びると、皮膚の解けた中から機械の部品が蛆虫のように湧き出ていた。
その影のロボットはヒステリックに僕に笑いかけていた。
そしてどんどん崩れ落ちていった。
小さい頃から、同じ夢にうなされていた。
子供の頃、僕はこの夢を見ると怖くて怖くて、母と、父の眠る寝室のドアを開けて両親を起こし、真ん中に入って眠った。
今でも同じ夢にうなされている。
汗びっしょりで目が覚める。
何故、こんな夢ばかり見るのだろうか・・・。
僕は夜が来るのが嫌だった。
時折、母が僕に尋ねる。
「マモル。まだ、あの夢を見るの?」
心配そうに父は僕の顔を伺っている。
「たまに・・・ね。」
「もう一度、治療に行ったほうがいいんじゃないの?」
「同じだよ。」
僕は小さい時にロボットに誘拐された。
20歳になった時、両親が教えてくれた。
薄々、幼い頃に何かあったのだと僕は思っていたから少しはすっきりした気持ちになった。
治療でその記憶は消されて、何も僕は覚えていない。
でも、記憶というのはそんなに簡単に消せるものじゃない、と最近思う。
きっと、人間は潜在意識の深い深い底に完全には消せない記憶が残っているのと思う。
残す能力があるというのか、そう作られているというのか・・・。
上手く言えないけど。
現に、僕は何度も治療を受けたがあの夢だけは時折出てくるのである。
あまり頻繁にあの夢にうなされるようになったら、もう一度治療を受けなければならないかもしれない。
治療を受けるとあの夢を見る回数が減るのだ。
何故だか分からないけど・・・。
用意された僕の分だけの朝ごはんを食べると
「いってきます。」
と言って家を出た。
僕は大学で研究する道を選んだ。
なりたい職業がなかった。
ただそれだけなのかもしれない。
僕は人類の歴史を研究している。
僕のルーツを知りたい。
ただそれだけ。
西暦2000年。
それは今から何千年もの昔の話だ。
僕達の祖先は水面下で人類滅亡を防ぐ計画を立てていた。
その頃、先進国を中心に出生率は大幅に低下していた。
不妊の問題もあったが、それ以前に子供を産まない、という夫婦も増えていた。
2005年、日本では出生率が1.29であると発表されている。
ほんの50年前までは5人、6人、10人兄弟なんて珍しくなかった。
戦争、高度成長期などによる時代背景もあったが、それにしても急激に激減だ。
その頃からシードバンクはトップシークレットプログラムの中で設立され、起動し始めていた。
だがロボット同士が結婚し、人間の子供を産める世の中になるだなんて考えてもいなかっただろう。
クローン人間の期待が高まっていたが、結局、人格破壊が速く進み計画は失敗に終わった。
しかも、人間の身体は妊娠に耐えれなくなってしまった。
そこでロボット技術が飛躍的に進歩したとも言える。
ロボット同士は性交でき、妊娠まで出来るようになった。
まるで人間のように。
僕の両親もロボットだ。
だが違和感はない。
生まれてずっと僕を大事に育ててくれている。
ただ一緒に食事はとれないが、なんら人間の親と変わりはない。
僕はそう思っている。
でも、僕は時々思ってしまうんだ。
母や父はミツバチみたいだと。
今はもう絶滅してしまったが、苺を作る時、花が咲くとビニールハウスにミツバチを放し、受粉の役割をさせる。
そうすることで、苺は実をつける。
その実は赤く、形もよく、味もよい。
だが、ミツバチは働くだけ。
以前調べ物をしていた時に知った。
それ以来、苺とミツバチの関係が、馬鹿だなと思いつつも時々、僕と両親の関係と重なってしまう。
そんな事を思う自分が少し悲しかった。