第3話
私はまるで欲望の蛇にがんじがらめにされてしまったようだった。
胸が苦しくなった。
私はふと思った。
欲望?
このどす黒い気持ちは私の欲望?
この子をさらってしまいたい・・・。
人間もこんな気持ちを?
これは人間のプログラミング?
こんな負の感情までも?
それとも私が学習して得た感情なのだろうか?
マモル君にじっと見つめられて私は動揺していた。
そして、その衝動は止められなかった。
部屋を見渡すと3人の子供がおもちゃでおとなしく遊んでいた。
「これから、この子とちょっとお散歩してくるから、監視をお願いね。」
と私が言うと簡易育児ロボットは
「ワカリマシタ・ワカリマシタ・ワカリマシタ・・・」
と繰り返しレトロな電子音で返事をした。
「ねぇ、マモル君、お散歩しに行こう。」
そう、私は微笑むとマモルはコクンと首を縦に振った。
マモル君の左手をぎゅっと握り、私は小走りにトイレに向かい、ゴミ箱にエプロンを捨てると、そのまま出口へと向かった。
外はよい天気だった。
太陽の光がいつもよりも眩しかった。
それは、私が後ろめたい事をしているから?
マモル君は不思議そうな顔で私を見つめていた。
「どこいくの?」
そう聞かれて
「私のお家でケーキ食べよう。マモル君はケーキ好き?」
マモル君はオズオズと
「うん。」
と答えた。
途中でケーキを買った。
久しぶりの食べ物だった。
人間ぶって2個買った。
部屋に着くとケーキの箱を開けてお皿にのせ紅茶を入れた。
もちろんマモル君の分だけ。
マモル君はじっと私を見つめて
「ねぇ・・・食べないの?」
と、私に聞いた。
「私はいいの。マモル君のお父さんやお母さんも食べないでしょ?」
「うん。」
「全部食べていいのよ。」
すると嬉しそうにニコニコしながらマモル君はケーキを食べ始めた。
もし、あの時の赤ちゃんがずっと私のものだったら、こんな風な生活をしていたのだろうか?
もし、あのまま赤ちゃんが私のものだったらポッカリと胸の辺りに開いた様なスースーする感じはしなかったのだろうか?
すると私の頬に冷たい液体が流れた。
視界が曇ってマモル君が見えなくなった。
ゴシゴシと目を擦ってもその液体は止まらなかった。
初めて流す涙だった。
「どうしたの?泣いてるの?」
マモル君は私の裾を引っ張って心配そうな顔で聞いた。
マモル君は今にも泣きそうな顔だった。
「マモル君は泣かなくてもいいのよ。私が悪いの。」
やっぱり、こんな事いけないことだ。
マモル君の悲しげな顔を見て、連れ出してしまった事を後悔した。
戻ろう・・・。
まだ閉店までには間に合うわ。
「マモル君、あんまり長くいると怒られちゃうから、お父さんとお母さんの所に戻ろうね。」
するとマモル君の表情がぱっと明るくなった。
子供なりに異常な雰囲気を感じていたに違いない。
マモル君の左手を握って、来た道を帰る。
エレベーターで下に降りて扉が開いた瞬間、武装した警官が目に飛び込んできた。
「子供を放しなさい。」
10メートル先で警官が叫んだ。
私は咄嗟にマモル君を抱きしめた。
涙がとめどなく流れ落ちていた。
私はテレパシー機能をオンにした。
ニュータイプのボディーが欲しかったあの頃、恋人と結婚する夢を胸に描いていたあの頃、代理出産をしたこと・・・それらが走馬灯のように映像で流れた。
警官は少しひるんだが銃は構えたままだった。
自分で強制終了する人生だとずっと思っていた。
でも、自分以外に身を委ねるのもいいかもしれない。
私は一歩ずつジリジリと警官に詰め寄った。
5メートルまで近づくと指揮官が
「撃て。」
と叫んで私の胸を突き抜いた。
ビニールの焼ける臭いが微かにすると赤い液体が涙のように滴り落ち、私はホログラムが消えるようにゆっくりと消え、赤い液体だけが悲しい水溜りのように残っていた。