第14話
僕の手はしっかりとアイリに握られて、ずっと離れないと確信した。
「おかえり。やっと来てくれたのね。マモル。」
声しか聞こえない暗闇に、僕はアイリの存在を確実に感じていた。
「ねぇ、私、ここに来て分かったんだけど。私、ずっと前からマモルに守られていたのよ。」
「なんだ、そんな事、今気づいたのか。僕はずっと前から知っていたさ。」
そう、何故か僕は知っていたのだ。
僕達は暗闇で、お互いが離れてしまわないように抱き合った。
私達の元にマモルが戻ってきたのは、マモルが85歳になった頃だった。
今の医療なら160歳まで生きられるのに、85歳と言うのはまだ若いと言える。
今から35年前に人間の記憶を消す治療は脳細胞の老化と破壊を早める副作用があることが分かって、今はその治療は禁止になった。
その結果、マモルは認知症様の症状が出てしまい、介護が必要となってしまったのだ。
国が全面的に責任を取り、専門の施設に無料で入れるのだが、あえて私達は引き取る事にした。
同棲していたアイリは20年前に亡くなっていた。
アイリも若くして亡くなった。
私達の20年は短い。
でも、マモルの20年を思うと孤独であったに違いない。
久しぶりに戻ってきたマモルは、しわくちゃで、120〜130歳くらいに見えた。
マモルは暴れる事も無く、お腹が空けば泣き、眠くなると寝る。
まるで赤ちゃんのようだった。
私は産まれたてのマモルを思い起こしていた。
「ねぇ、ユージン。マモルが生まれた頃を思い出すわ。」
リビングで眠ってしまったマモルを囲むように私達は座っていた。
「私ね、本当は、こんなに赤ちゃんがかわいいと思っていなかったのよ。あの日、覚えてる?子供を作ろうって、プロポーズしてくれた日。」
「ああ。」
「あの時は、ただあなたと一緒に暮らせるのがうれしくて、結婚って言う人間の真似事に憧れていただけなの。」
ユージンは静かに耳を傾けている。
「今まで、秘密にしていたけど、マモルが5歳の時、こう言ったのよ。”僕は母さんと父さんに会うために産まれてきたんだよ”って。その一言が凄く嬉しかったわ。」
ユージンはその言葉を聞いて
「実は俺にも言ってくれてたんだ。そして”母さんには内緒にしておいてね。”って付け加えてさ。」
私達は顔を見合わせて眠っているマモルが目を覚まさないように込み上げる笑いを必死で抑えた。
そして、2人でマモルを持ち上げてベッドに運んだ。
その後マモルは2度と目を覚まさなかった。
90歳だった。
私達はささやかな葬儀を済ませると、また2人ぼっちになってしまった。
抜け殻になる、というのはこう言う事か、とまた1つ学べたような気がした。
冬が終わって、暖かい春の陽気に誘われる事もなく、私達は窓際の壁に背中合わせで黙って座っていた。
何日そうしていたかは知らない。
そして、お互い、同じ事を頭の中で描いていたのだろう。
「なぁ、ナオミ。俺達これからどうしようか。」
ユージンが細々とした声で最初の言葉を吐いた。
「私も考えていたの。」
「多分、同じ事を?」
「テレパシー機能をオンにして。」
久しぶりのテレパシー機能だ。
今まで使う必要が無かった。
でも、無気力な今の私は言葉を発するのもし難いのだった。
**ユージン、そうよ同じ事よ。**
**なぁ、ナオミは何歳なんだっけ?**
**あなたより50歳若いわ。**
**550歳か。もう、いいよな。**
**ええ、もう、いいわ。**
**俺、お前と出会った最後の100年が一番楽しかった。**
**私もよ。**
お互いに私達は微笑んで見つめ合った。
**私達、メモリーバンクに行っちゃうのよ。私達のメモリーを見た人に、こんなに愛し合っていたって見せ付けましょうよ。**
**それはいい考えだな。**
**ねぇ、キスして。**
ユージンはナオミを抱き寄せてキスをした。
そしてお互いの首の後ろの人工皮膚を剥がすと一緒に強制終了のボタンを押した。
それは美しい幻のようにゆっくりと消えていった。
絨毯に落ちた2つの赤い液体は、ゆっくりとお互いを求めるように重なり合い1つの円となった。
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最期まで、こんな未熟な私のお話を読んで下さった方、本当に有難うございました。よかったら、なんらか一言でも良いので感想いただけたら、と思います。面白かった、面白くなかった、それだけでも今後の励みになりますので宜しくお願いいたします。