第11話
僕は研究の資料の為に2週間ぶりにメモリーバンクに足を運んだ。
別に今日でなくとも良かったのだが、何となく「予感」を感じたから来た、と言った方が正解だ。
そして、その予感は的中した。
1ヶ月前、入院した時の担当ナースだったアイリがそこにいたのだ。
あの時の、ほんのりと湧いた気持ちを胸に押し込めて退院した、情けない僕の姿が頭に浮かんだ。
アイリは nr の列を暫く物思いにふけったようにじっと見つめ、決意したかのように1枚のファイルを取り出すとレジに向かった。
僕との距離はこんなに近いのに気づきもしなかった。
僕は何とか声をかけようとした。
ほんの数秒の間にいろいろな思いが駆け巡っていたが、アイリが振り返ると僕は、患者とナースが交わす普通の挨拶の言葉を吐き出していた。
僕は自分ではないようにアイリを誘っていた。
こういう気持ちは初めてで、どこから湧いてくるのだろうか、と不思議に思った。
何かに導かれるように、そのまま従った。
アイリは僕の事を「あなた」と呼んだ。
たくさんの中の1人の患者。
そんな風にしか思われていないのだろう。
なんだか悔しくなって、
「あの・・・僕、マモルです。3日間だけでしたものね。」
と僕のささやかな嫉妬が気づかれないように言った。
アイリに僕の名前を呼んで欲しいと思った。
アイリは頬を赤らめて恥ずかしそうに、次から僕の名前を呼んでくれた。
名前を覚えていなかったのは図星だったようだ。
僕は改めてアイリ顔を見た。
やさしいカーブを描いた眉に、二重で潤んだ瞳、ふっくらとした唇、優しさが滲み出たような丸っこい顔のライン。
それは僕に懐かしさを呼び起させるようだった。
柔らかく丸い声も心地いい。
アイリに聞かれるまま答えてはいたが、実は上の空でアイリの事を僕は見つめていた。
店から出るとエアバイスクルが僕達スレスレで通り過ぎていき、もう少しで事故になるところだった。
アイリはよろめいてへたり込みバッグを落とした。
閉じていたバッグの口は大きく開いて中身が地面に散らばった。
メモリーチップがたくさん散らばっていた。
アイリは急いで拾い始めたので僕も手伝った。
帰り際、僕はアイリに
「また会えますか?」
と聞くと困った顔をしたので、駄目もとで僕の連絡先だけを教えて
「じゃ、気が向いた時に連絡してください。」
と言って別れた。
僕は軽率な行動をしたのだろうか・・・。
帰り道、困った顔のアイリを思い浮かべて、少しだけ後悔した。
もう会えないかもしれない。
そう思うと何故か胸が痛んだ。
たった3日しか顔を合わせていないのに。
そして1ヶ月ぶりに、たまたま再会しただけなのに。
偶然は必然?
どこかから陳腐なラブソングが聴こえてきそうだった。
今日は調子がおかしいのかもしれない。
僕は首を軽く振ると家路を急いだ。
家に着くと父と母はリビングでTVを見ていた。
ジャケットをハンガーに掛け、今日メモリーバンクで買ったメモリーチップを取り出そうと両方のポケットに手を突っ込むと両方のポケットの中にメモリーチップの感触がした。
両方取り出してみると1枚は見覚えのない物だった。
nr46872359j-ku エイジ
と書かれていた。
これは?
今日の僕の行動を辿って考えてみた。
考える事30秒。
まさかアイリのものか?
僕はメモリーチップの前にあぐらをかいて、見ようか、見ないでおこうか、と考えていた。
そう悩んでいると僕の腕時計型の携帯電話のメロディーが鳴った。
その番号に僕は見覚えが無かった。