第10話
私は、毎日淡々とした日々を送っていた。
そして、エイジのことが忘れられずにメモリーバンクで1日づつエイジのメモリーを遡っては買い部屋に帰ってエイジとの思い出に浸っていた。
私にエイジの記憶を植え付けるのではなく、ただエイジを感じる為に1日分づつ買った。
精神的に悪い。
そう思ってもどうにもならない。
まさかエイジが強制終了するなんて思ってもみなかった。
ロボットは永遠に生き残っている、そんな勝手なイメージがあった。
ケンが、
”何度も再生出来て、何度も記憶を消せて、いつまでも生きられるじゃないか”
と言ったように、私もそう思っていたのだ。
どこか私も区別していたのだと思い知らされた。
毎日が涙。
今の私を救えるものは何もない。
私はエイジのホログラムを見ては、あの人間と変わらない温もりを感じていた。
どうして、迷ってしまったのだろう・・・。
どうして、信じようとしなかったのだろう・・・。
後悔の気持ちがまたメモリーバンクへ足を向かわせた。
お金を払う度に、これが国のお金になるのかと思うと、なんだか苛立った。
人間の記憶は売買出来ないのに、ロボットは強制終了してもお金に変わってしまうのだ。
でも、そのお陰で私はエイジを感じられる。
その矛盾した関係が余計私を苛立だしくさせた。
今日で丁度、1ヶ月分のメモリーを買った。
レジを済ませて振り返ると、どこか見覚えのある男に声をかけられた。
茶色がかった、青い瞳、整った顔立ち。
「あの・・・。以前はお世話になりました。」
その一言で全て思い出した。
「いえ・・・。お体変わりはないですか?」
私は決まり文句で受け答えた。
「ええ。よく眠れるようになりました。」
でも、一体こんな所に何の用があるのだろう、と頭の中でくだらない詮索をしていると、
「お時間ありますか?これから一緒に食事でもどうですか?」
と誘ってきた。
そう、彼は人間だった。
「こんな時間だし、お腹空きませんか?」
仕事が終わってここへ来たからもう7時だった。
「ええ・・・。」
「じゃ、行きましょう。」
半ば強引に連れて行かれる感じでメモリーバンクを出た。
いろいろ歩いたが結局一番落ち着ける普通の24時間レストランに入った。
簡易ロボットがメニューを聞きに来た。
人と食事をとるのは久しぶりだ。
人間の友達は私も数少ない。
多分、彼も久しぶりに一緒に食事をとるのだろう。
今やロボットのが人口が多くなっているからだ。
「じゃ・・・ハンバーグのセット。ドリンクはコーヒーね。」
と決めていたかのように注文した。
私は慌ててメニューを見て
「私は、今日のお勧めパスタセットで、ドリンクはアイスティーでお願いします。」
と注文すると簡易ロボットは
「ハンバーグセット・コーヒー、ト、オススメパスタセット・アイスティー、デスネ?カシコマリマシタ。」
とレトロな電子音を発した。
「簡易ロボットに、お願いします、だなんてアイリさんは優しいんですね。」
と彼は言った。
そんなことない。
私はエイジを強制終了に追いやってしまったのだから。
「偶然あんな所で会えるなんて思ってもいませんでした。お仕事の帰りですか?」
人の気持ちも知らないで陽気な声で尋ねた。
「ええ。そうなんです。でも、あの・・・あなたもメモリーバンクになんて、たまに来るのですか?」
「あ・・・僕、マモルです。3日間だけでしたものね。」
そう、正直、名前まで思い出せなかった。
見透かされて顔が火照っていくのが分かった。
「僕ね、大学で人類の歴史を研究しているんです。研究っていっても、趣味みたいなことで・・・・。でね、今一番古いロボットのメモリーを調べているところなんです。ちょっと必要で・・・。」
そんな風に訪れる人もいるのだ、と私の苛立ちが少しだけ和らいだ。
待つこと5分で注文したメニューが目の前に並べられた。
今日のパスタはカルボナーラだった。
「人類の歴史ってどんな事を研究しているんですか?」
興味半分に聞いてみた。
「う〜ん・・・。僕の専門は西暦2000年頃なんです。その頃から今のシードバンクやいろんな機関が水面下で設立されて来たのは今や公になっていますが、その頃の文化や人間の生活なんかを現代と比較しています。」
「そうなんですか。」
「アイリさんの看護とアーミニズムの関係の話、印象深かったです。」
私はまた赤面するのを感じていた。
「あれは、私は何も言っていません。・・・・でもマモルさんの言う通りでしたけど。見透かされているようで、マモルさんは本当はロボットかと思いました。」
そんな話が続いて私は久しぶりに、何となく柔らかな気持ちになっていた。