アルマの館
男が歩いていった先には、荷馬車が用意されていた。
藁を布でくるんだものが用意されており、それがクッション代わりということらしかった。
とりあえず坐る場所を確保して、荷台の縁に掴まる。
それから小一時間、かほるは車というものが以下に偉大な発明であるか思い知った。
タイヤの無い車輪は小石を踏んだだけの振動も忠実に伝えてくるし、車輪に歪みでもあるのか定期的にがたごとと縦振動がくる。
一時間乗っていればどんなに車酔いに強いと豪語するものだって確実に吐く。
かほると狼は互いに白くなっていく顔色を見ながらこみ上げるものをこらえていた。
拷問がようやく終わり、二人は口を押さえたまま、荷馬車から降りた。
「そういえばあのふん縛った男あそこにおいてきちまったな」
狼がそう呟くと、荷馬車を御していた男が、それもアルマ様に言っておけばいいと請け負った。
アルマ様とはこのあたりの人間には絶対権力者と見られているらしい。
さっきまでいた建物と同程度の、大きさの館がそこに建っていた。
先ほどまでの建物と決定的な差異は、人が住んでいる気配があるということだ。
おそらく、食事の支度をしているのだろう。煙突と思われる一階部分から突き出した管からほの白い煙が立ち昇っている。そして、小麦粉の焦げる類の香ばしい香りが、かほるの鼻をくすぐっていた。
荷馬車から降りてしばらくするとひくついていた胃袋も収まり、そうすると腹が鳴った。かほるが腕時計を確認すると、今はちょうど夕食の時間だ。
一度空腹に気付いてしまうと、一気に力が抜ける。
それは狼も同様のようで、いかにも情けない顔をしていた。
館から中年すぎくらいの女が出てきて、二人を迎え入れた。
その館は、外壁は石造りだったが、内側は木の壁で覆われていた。燻した様な風合いの黒茶の壁。
暖かな湿り気のある空気のにおい。
かほる達はそのまま案内役の女についていった。
おそらく使用人だろう、若いお仕着せらしい制服を着た連中とすれ違う。
窓の外を見ると、太陽が沈みつつあった。
どうやらこの場所の時間も、時計の時間とそうずれてはいないようだとかほるは判断する。
狼も物珍しそうに辺りを見回していた。
着ているものは、かほるの見た限り、ここにいる者たちが着ている衣服は縫製が簡素なゆったりしたものだ。
かほるは歴史の教科書で、挿絵に出てくる様々な時代国の衣服を思い出してみた。どれかが当てはまっているような、どれも当てはまっていないような結局思考は定まらなかった。
進む先にいい匂いがしてきた。さっきまで煙突から匂っていた匂いとも似ている。
ひときわ大きな重厚な扉を開くと、そこには宴席の用意が整っていた。
巨大といってもいいテーブルの上に食べ物が乗った皿がずらりと並んでいる。
中心に置かれた鳥の丸焼きのつややかな褐色の肌に思わず魅了されそうになる。
狼もやはりそれへの渇望を隠せない様子でそれを凝視していた。
二人の興味が鳥の丸焼きから離れたのは、誰かの咳払いを聞いたからだ。
「食事が先ですか」
掠れたアルトで、テーブルの向こうに坐っていた女性が、囁く。
それは日本語だったので、かほるのみならず狼にも間違えようも無い。
二人は一斉に叫んだ。
「いただきます」
かほるがようやくその女性の容姿に気を配ることができたのは、ある程度腹が膨れたあとだった。
おそらく彼女がアルマ様なのだろう。
ここに来た時から見た中で、彼女だけが鮮やかな赤い衣装をまとっていた。