大地主
かほるの手が緩んだ隙に男は逃げようとした。それを狼が逃がさない。
「お前は誰だ、どこから来た」
男は窓を指差す。
「向こうの村から」
その言葉に二人は顔を見合わせる。おそらく歩いて辿り着ける位置に日本語が通じる村がある。その事実は彼らにとって福音になる気がした。
「狼、お前金持ってるか?」
かほるの問いかけに狼は首をひねる。
「ここで日本円に何の価値があるんだ」
かほるも日本円しかもっていない。しかし、日本語が通じる相手なら適当に言いくるめて日本円で買い物が可能かもい知れないと思い当たった。
つまり詐欺のようなものだ。
「お前な」
狼の視線が白くなる。
「それじゃ他に食い物を手に入れるあてはあるのか」
「例えば地道に働くとか」
それを考えたが、そもそも仕事をさせてもらえるかどうかがわからない。もし夕食と引き換えに、薪割りをしろといわれたらたぶん自分はするような気はしたが。
「それなら、この建物全部調べて食料が無いか確かめよう」
狼の提案はよさそうに見えた。しかし問題は今まで歩き回っていて、いまだ食料らしきものは見つかっていないのだ。
「あの、俺はアルマ様に頼まれて迎えに来た」
考え込んでいた二人は、思わず問い返した。
「アルマ様って誰だ?」
「この辺一帯の土地の持ち主だ」
この辺というのがどれほどの面積なのか不明だが、土地持ちなら相応の金持ちだろうと判断する。
「迎えに来たといったな、それじゃお前がそのアルマ様とやらのところに連れて行くということか?」
狼の問いに男は何度も首を振って答える。
「それじゃ、あいつは一体誰だ」
そう言って最初に縛り上げた男を指差す。
「おそらく大陸にある、本国からきたのだと思う」
かほるはイギリス史を思い出す。
確かイギリスはユーラシア大陸に飛び地のような土地を持っていてそれがジャンヌ・ダルクの出てくる薔薇戦争の引き金になったんだっけ。
そんな歴史知識も、目の前の男が日本語をしゃべるという事実の前には役に立たないと言われているに等しい。
薔薇戦争は関係なさそうだとかほるは判断した。
男は大陸が本国だと言った。薔薇戦争の時代のイギリスでは、やっぱり本国はブリテン島だったはずだ。
「それじゃ俺達をアルマ様のところとやらに連れて行ってもらおうか」
かほるがそういうと、男はコクコクと頷いた。
狼が先に拘束した相手を担ぎ上げた。
「連れて行くのか?」
「これについての話も聞きたいしな」
狼の言葉にかほるは頷き先に立っていく男の背中を追った。