いる理由
二階の窓辺の部屋で、朝食をとっていた。
夕子の前に出されたのは、ライ麦パンっぽいものと、なんとなく見た感じが鶏肉に似た感じのものだった。付け合わせはキャベツに似た感じの茹で野菜。
カフェオレボウルのような器に、クリームスープなのかそれともミルクなのかぱっと見わからないものが添えられていた。
「いただきます」
両手を合わせて、夕子はフォークに手を伸ばした。
「なんかめずらしいですか?」
そう言ってアルマの兄に問う。
「ああ、私のことはタイローと呼んでくれ」
そう言って、彼は茹で野菜を口に運んだ。
「珍しいは珍しいね、何しろ、来訪者は数年に一人いるかどうかなんだから」
「来訪者?」
夕子は問い返す。
「そう来訪者はしばらくここにいて、それからいつの間にか立ち去ってしまう。まれに死ぬまでここにいる者もいるが。だが大概短期でいなくなる」
つまり夕子のような迷い込みはたまにあることらしく。短期間で戻れるということだ。
それを聞いて少しだけ夕子は安堵した。
「いつの間にか現れていつの間にかいなくなる。それが来訪者だ」
そう言われても、本当に元の場所に戻れるのだろうかと夕子は思った。
まさかまた全く別の世界に連れて行かれても困る。
そうは思っても夕子の自由になることではない。
夕子は鶏肉らしいものを口に運んだ。
「ええと、このお肉はいったい何?」
食べた感じも鶏肉っぽかったが、念のためそう尋ねてみる。
「ボロボロ鳥と呼んでますが」
ホロホロ鳥じゃないんだと思ったが、一応鶏肉と確約してもらったので安心して残りを口に運ぶ。
野菜もキャベツの味がした。もしかしたら本当にキャベツかもしれない。
アルマはスプーンでボウルをかき回している。どうやら中身はスープなのだろう。
「ええと、ここにいていいんですか」
今更なことを夕子は聞いた。
「かまいません、部屋は余ってますし、アルマもあなたに懐いたようですしね」
アルマは夕子と目が合うとにこりと笑う。
「アルマは妹ですが、ほとんど初対面も同然なんです、できればここにアルマが慣れるまでは貴女についていてもらいたいのですが」
そう言われてしまうと夕子も断りづらい。それにほかに行くあてもないのだ。
「でも、こういう事態になったのは初めてなので、一体いつあっちに戻ってしまうかわからないのですが」
「それは仕方がないでしょう。アルマにも言って聞かせます」
そしてタイローはアルマに最初は英語、次に日本語で成り行きを説明してやった。
夕子はとりあえず、子守という仕事に就いたと思うことにした。