ある日の出会い
新章開始です。前シリーズの登場人物は出てこないとも限りません。
やや朽ちた箱がしきりに動いている。敷き藁の上で、蓋がたわみ中から小さな子供の足が飛び出した。小さな足は、自分の肌が裂けるのもいとわず、箱を何とか蹴り破り続け、ようやく、両腕が縛りあげられた少女が、はい出してきた。
全くついてないったら、斉藤夕子はすでにとっぷりと暮れた風景を窓の向こうに眺めながら毒ついた。
懸案のレポートを書きかけのまま学校に置き忘れてきてしまうなんて、なかなかできない失敗だ。
朝早く登校して、レポートを仕上げるか、それとも、今から取りに行くかの二者択一で、今から取りに行くを選んだが、薄暗い校舎の中、すでに後悔していた。
最近ついていないのだ。しょっちゅうけがをしたり忘れ物をしたり、そのうえ極め付きが、なんとなく、お向かいの高校の生徒が夕子を付け回しているのではないかと思われる節があるのだ。
御向いの高校。至近距離になぜか四つも高校がある、この少子化の折に何を考えているのか問いただしたくなる立地条件だがあるものはしょうがない。
夕子は最近妙な視線を感じるのだ。
視線の先にはお向かいの高校の生徒、ばさばさの長髪に、顔が隠れてなんとなく胡散臭さを感じる。
なんで自分をじっとりとみているのか問いただそうとすると、隣にいる同級生と思われる。知り合いが。勝手に連れて行ってしまう。
何ともいいがたい気持ちの悪い間があるのだ。
そして夕子は教室の戸を引き開けた。
夕子は教室の戸を引き開けたはずだった。
だけどそこは石造りの建物の中だった。裕子は確かに感じていた引き戸の感触を確かめるように掌をなでた。
そして背後を振り返る。そこにあったのは薄暗いリノウム張りの廊下ではなく。石畳の薄暗い廊下だった。
そして開けたはずの戸がどこにもない。
「ここは、どこ?」
石畳の廊下その間にある小さな部屋をのぞきこむような格好を夕子はしていた。
なんとなく古いお城の。地下がこんな感じなんじゃないだろうかと夕子は思った。それも日本じゃなく西洋のお城だ。
「いったいどういうこと」
夕子は四つの高校に伝わる怪奇現象のうわさを聞いていた。しかしそれは単なる都市伝説以上のものだとは思っていなかった。
実際に体験したと知り合いが真剣な目で言ったとしてもそれをまともに取り合ったことはない。
しかし、今その怪奇現象のど真ん中にいる。
そして背後にすすり泣くか細い声が聞こえた。
背筋が凍りつく。
恐る恐る振り返るとそこにいたのは十歳前後の子供だった。
薄汚れ、肩までの黒髪は乱れ放題で、なぜか、両手を縛りあげられ、足からは血がにじんでいる。
あわてて夕子は子供に駆け寄り、縄を解いてやった。
相当もがいたのか、手首に擦り傷ができている。
ポケットティッシュで止血してやっていると。子供は首を傾げた。
「お名前は、言える」
なるだけ猫なで声でそう聞いた。
しかし、子供の口から出たのは、たどたどしい英語だった。