味噌と醤油と暗澹たる世界。
その日は、街のアルマの別宅で休むことになった。
「街中に家があるほうがいいんじゃないか」
そうかほるが言ったがアルマは笑って領主の館とは、あまり街中にないものだと言った。
やはり街の中だと土地が狭いからだろうか。
そう尋ねれば、アルマは、ほかにも街はあるので、特定の街に本宅があると、ほかの街に不公平になるからと答えた。
「それに何かほしいときには、献上品としてわざわざ持ってきてもらえますから」
つまりそれが税金代わりだという。
基本的に農民が年貢という形で税を納め。選ばれた商人や、職人が献上という形で、税を納めるのが国の税体制なのだという。
献上品を納める商人や職人は選ばれた人間とみなされ、客が絶えなくなるので、それほどこの役目を疎んじていないのだという。
戸籍は、領主レベルで管理し、それを国に報告する義務がないと聞いてかほるは耳を疑った。
「それは報告させるべきでは」
そう言って、自分が王になる前提でものを言っていることになるのではと思い、そのまましゃがみこんでしまった。
「アルマはさ、この規模の街をほかにいくつも持っているんだと」
もそもそと寝台にもぐりこもうとしている狼にかほるはそう言ってみた。
「そして王はそういう領主を十数人、配下に持っているらしい」
本気で天皇陛下並みの権力者なんじゃないだろうかとかほるは自問自答する。
そんなものに自分がなるというのはまったく現実感がない。
それにだ日本国天皇のように君臨すれど統治せずというわけにも行かない存在なんじゃないだろうか。
ますます実感がわかないが、それで自分に何の得があるという気がしてきた。
王になれる、それが得だと人は言うかもしれないが、今の今までの生活すべてを失って、まったく見も知らない国に生涯島流しになって王もへったくれもないと思う。
だが、これで三年間の余裕ができた。その間にできることはなんだろうとかほるは考えた。
やっぱり味噌と醤油のない世界に耐えられない。
麹菌は果たしてここで繁殖させることができるだろうか。そしてあちらの文献をこっちに持ってくるのはありだろうか。
たぶん塩漬けぐらいは普通にあるだろうから漬物は何とかなる。
真剣に日々の食事の心配をしている。
ほかに心配することがいくらでもあるだろうと突っ込みを入れられそうだが、かほるの舌は完全に日本人のものだ。
味噌と醤油のない生活には耐えられない。何度でも言う。耐えられないといったら耐えられないのだ。
だが、醤油や味噌を量産体制にして輸出することはできるだろうかと別の方向に考えが行く。
いけるかもしれない。醤油は、江戸時代。はるばるベルサイユまで運ばれたという来歴がある。
「醤油を輸出することができたら、うまくいけば外貨が稼げて」
「お前はいったい何を言ってるんだ」
いつの間にか口に出ていたのか、狼が呆れ顔でかほるを見ていた。
「なんでもない、あのな、アルマ、それとも博次か、あの家でこの国の歴史書を見つけたんだ」
かほるはその内容に暗澹たる気分になる。
「聞いたら後悔するような内容だぜ」
かほるの表情が急に変わったのに、狼は眉をしかめた。