こちらとあちら
もともと五十嵐博次の目はどういう形をしているか突き詰めて考えたことはなかった。それが長く伸ばした髪で、わざと顔を隠していたということにようやく気づいた。
長い前髪がかぶさっただけで印象ががらりと変わる。
今までどうして気づかなかったのかと己のうかつさを責めたい気持ちにもなってくる。
にんまりと笑ってアルマはもしくは博次は答えた。
「本当の五十嵐博次はとっくに死んでいるの」
「つまり、この世界に紛れ込んで死んだのか」
こっくりと頷いた。
「そう私が子供のときに」
「あのな、何でお前が子供のときに死んだ奴が、高校に入学できるんだ?」
「五十嵐博次が死んだのは高校に入学した後よ」
狼は少々混乱した。
「五十嵐博次は俺たちと同じ年じゃないのか」
「そうよ同じ年」
「もしかして、時間がずれているのか?」
かほるはアルマにそう尋ねた。
「五十嵐博次は、我々と同じ入学式の後こちらに来た、そのとき私は十歳だったわ、彼は私の兄に保護された後、しばらくは生きていたが、死因はまあ、事故死よ」
アルマは再び髪を上げながら答えた。
「おい、かほる、何で時間がずれているって」
かほるはただ笑った。
「書庫にいたら見つけたんだ、漢字のついた背表紙が」
かほるはその本を読もうとしたのだがあまりに専門性の高い本だったので読むのを断念した。しかし、ページをめくっていくうち、最後の奥付のページ。それに記された出版社と出版年代。
かほるの見知った名前の出版社と、かほるの知っている今よりも未来の出版年代の古びた本。
その本の持ち主は、同じように迷い込んできたのかもしれない。その出来事は、この世界にとっては過去だが、その人物は、かほるのもといた世界で、未来に起こること。
そこまでの推理をかいつまんで説明していたところ。アルマは感心した様に頷いた。
「そのとおりですよ、あちらとこちらの時間が大きくずれることがあると、文献にも載っています」
そして狼に向き直る。
「それでどうして私が五十嵐博次だと気づいたのですか」
狼はほほをぽりぽりと書きながら答えた。
「声」
一言言ってアルマを見直す。
「最初は真っ赤なドレスなんかでだまされたけどな、それ抜きで声だけ聞いていれば、間違いなく博次だってわかった」
アルマの声は、低い女性の声とも、高い男性の声とも聞き分けにくい。おそらくそれを逆手にとって男性のふりをしていたのだろう。
「体育の時間、どうしてたんだ?」
「その辺は、幸運でした。五十嵐博次には心臓疾患があったんです」
事前に学校に送付されていたカルテで五十嵐博次の体育の授業は完全免除だった。
アルマ本人にはそのような疾患はなかったが。
「それに本人がなくなる前にそちらのことはいろいろと聞いていたので」
シュールな会話だと二人は思った。