散策の時間
再び、かほると狼は馬車の中にいた。
荷馬車の荷台ではなくちゃんとした人が乗る馬車の中だ。
柔らかい座席に坐ってみるとはなしに窓の外の風景を眺めていた。
馬車にはちゃんとガラスが嵌まっている。しかし、それはかほるが見慣れた機械製作の平面なガラスではなく。だいたい明治くらいに建てられた古い建物にはめ込まれたガラスのようにわずかな凹凸がある。
こんな馬車を持てるということは、アルマは相当裕福な家庭の生まれなのだなと、しみじみと感心する。
大分、この世界の常識が見についたような気がして、かほるは溜息をつく。
いずれそうならねばならないとわかっているのだが。
だが、ごく平凡な一般市民として暮らすならば兎も角。かほるはそのついでに王にならなければならないのだ。その分ハードルは高い。
最初に乗った荷馬車は鬼のように揺れた、かほると狼は完全にグロッキーになったが、今回はあまり揺れない。
馬車の窓から、外を覗いてみれば、下の道は石畳で舗装されている。
そういえば、アルマの館に向かう前の道は、土がむき出しになっていた。
しばらく進むと、窓の外にちらほらと通行人の姿が増えてきた。
そして、周辺に建物が立ち並ぶ風景が見えてきた。
そして馬車同士が行きかう。交差点のような場所、乗り物が馬車でなければ、かほるの住んでいた街の繁華街のような景色になってきた。
かほるたちの乗っている馬車をすれ違っていく馬車たち。
そして、何かを売っているらしい店が目に入る。
馬車は、一つの屋敷の前で止まった。
アルマの館よりも小ぶりだが、テラコッタ風のレンガを積み上げたらしい外観はなかなか立派だ。
そのまま馬車は建物の奥に入ると、アルマは先頭に立って降りた。その後をかほると狼も続く。
「ここも私の持ち物です」
アルマはこともなげにそう言った。
かほるの感覚ではさっき出てきた館と、この建物はそうはなれた場所に立っていない。にもかかわらず、二つの建物は自分のものだと言い切るアルマに、かほるは少々のカルチャーショックを覚えた。
その建物内にも、アルマの使用人がいて、当然のように馬車を預かった。
日本ならとてつもない金持ちの所業だ。使ってない建物にも使用人を置いておくなんて。
そこでかほるは思い出す。日本じゃなくても、おそらくアルマはとてつもない金持ちなのだろう。
考えてみれば、王子様を預かるのだ相応の家の娘なのだろう。
王子様がいるということは当然貴族もいるということで、まず間違いなくアルマは高位貴族なのだろう。
思わず認識を新たにアルマを見る。狼は、目を眇めてアルマを見ていた。
どこか引っかかる視線だ。
「どうかしたのか?」
そう水を向けたが目を逸らされた。
「後で話す。それだけを言った」
アルマの先導で、商店街を三人で冷やかす。
食品から家具まで様々なものを売っているが、ないものもある。反物だけを展示してある店はあっても完成された衣服を売っている店はない。
おそらくここでは、布を買って衣類を作るか、仕立て屋に持っていくのだろう。
素朴な装身具を扱う店もあった。
随分と平和な光景だ。
おそらく、本国から遠く離れた場所だからなのだろう。
アルマの話では、後継者争いで相当揉めているはずだから。