それぞれが気付いたこと
かほるは、屋敷の中を探検しているうちに、書庫を発見した。
ここは日本語が通じるのだ。ならば、書庫に、日本語で書かれた書物もあるかもしれない。あるいは、最悪英語で書かれた書物かもしれないが、それでも単語を拾うことくらいはできる。
希望的展望にしたがって、かほるは、書庫の中を物色することにした。
ざっと見たところ、背表紙に記されたタイトルは、ほぼアルファベットだった。
かほるは、タイトルを一つ一つ確認していく。そしてようやく、漢字が記された本を見つけた。
そして最初の一ページをめくって思う。英語のほうがましかもしれない。
そこに記されているのは間違いなく日本語なのだが、その合間合間に小難しい、数式や、化学式が乱舞しており、日本語も、まったく意味不明だった。
漢字ということに気をとられて、タイトルの内容をまったく考えていなかった。改めてみれば、それは物理学の専門書だった。
思わず叩きつけたくなるが、それでも手がかりに違いない。そう思って、ページをめくる。そして、最後のページを見て、かほるの手は止まった。そして、そのまま本を閉じると、書棚に戻す。
見てはならないものを見たかもしれない。かほるは、額に汗が浮いているかのように手の甲でこする。
そして、今度は、英単語をしっかりと確認して別の書物に手を伸ばした。
扉の影で狼は、アルマの、声を聞いている。その眉根が思いっきり寄った。
扉越しに聞こえてくる会話は、指して興味を引くものではなかった。どうやら、東西南北の後者での怪奇現象がそもそもの原因らしいとだけ言っている。そこまではいいのだ。
狼が引っかかったポイントは、別にある。
それでも意をけっして、狼は、扉をノックした。
重厚な黒檀の机にアルマはついていた。その傍らには、幼い子供のような人間が付き添っている。
その姿は、ずるずるした布に全身覆われ、狼は思わず、シーツを被ってお化けの扮装をする人間を連想した。
「頼みがある」
そう切り出した狼にアルマは怪訝そうな目を向ける。
「この近くにある、こことは別の街に行ってみたい」
「一番近くの街までは、馬車で二時間はかかる」
アルマはそう答えると、再び口を開く。
「明日でいいでしょうか」
「事前に準備があるからか?」
「そうですね、こちらでも警備を用意せねばなりません」
最初に、出合った男は、明らかに、自分達を狙っていた。正確にはかほるだが、おそらくどちらかわからなかったので二人まとめてというつもりだったのだろう。
「わかった、かほるにもそう話しておく」
狼は、アルマの傍らにいる人物をちらりと見た。布の襞しか見えず、身長が低いということしかわからない。
ただ先ほどの声を聞いた限りでは、おそらく若い女だろうと思った。