逡巡と違和感
結局時が来るまで、この屋敷で客人として生活することになった。
水道はなく、井戸で水を汲んで炊事や洗濯をする生活。台所に鎮座するのは竃。
今の季節、寒くも暑くもないが、おそらく暖房はともかく冷房はないだろう。
うんざりという顔でかほるは溜息をつく。
何をしていいのかもわからずただ時間を潰すだけ。何をしていいのかもわからない。
もし、最初からこちらで生活していたら、それが当たり前なのだろう。しかしかほるは文明生活を知っている。
電気や水道のない世界で生きるということを想像したこともない世代なのだ。
キャンプなら知っているが、この先一生となるとまるで自信がない。
「寿命か」
もし、あちらに残れば、いったいどれほど生きられるのだろう。そして、こちらではいったいどれくらい生きられる。
どんなことにも絶対はない。もしかしたら明日、交通事故で死ぬかもしれない。そんな可能性は誰でも持っている。
そして、この世界での役割は、王だという。
むしろ、農民として生きろと言われたほうが気が楽かもしれない。王の仕事っていったい何なんだろう。
たぶん、テレビでよく見る天皇陛下の日常とは大きく違うのだろうけれど。
そんなかほるを見ていた狼はさっさと話しかけるのを諦め、適当に周辺を歩き回っていた。
実際かほるには悪いが、狼にとってこれは完全に他人事だった。
もしかしたら数日行方不明というごたごたが待っているかもしれないが、自分は日常に戻れるのだ。
そしてだからこそ自分が何を言っても無駄だということもわかっていた。うかつに何か言えば逆上するのがおちだ。
そして何をしているかといえば情報収集。野次馬といわれるかもしれないが、アルマの言い分には疑問を覚えるのだ。
王というものは、血筋だけで決まっていいものだろうか。日本の天皇陛下のようにただいるだけの存在ならば、それでいいかもしれないが、実際の政治をやるとしたら、かほるのように右も左もわからない人間を連れてきていいものか。
むしろそれのほうがいい可能性もある。
かほるを看板にして、自分達が政治をするために。
狼はアルマを必ずしも信じていないし、やろうとしていることが正義だろうとも思っていなかった。
ただ、ここに雇われている人間はアルマのことを余り悪く言わない。雇い主だからというわけでもなく、悪く言う理由が取り立ててないからだという。
だからといって褒め称えるわけではないが。
結局のところ 給料はきちんと払い適当な休日を認める常識的な雇い主ということなのだろう。
周辺を見てまわったところ。この周りに見たことのあるようなないような野菜畑が広がっており、村の一番大きなお屋敷といったところか。
畑の向こうには山が連なりそれを見ていると、日本とそう変わらない気がした。
生えている樹木を見ても。見たことのあるような、それでいて何かが違うような。奇妙な違和感を覚える。
確実に違わないのは、空だけだと狼は思った。