突きつけられた選択
かほるは狼をまじまじと見た。
アルマの話が本当ならば、狼だけは帰してもらえるはずだ。あくまで本当ならばの話だが。
「問題は、目的の方だけ残すことができないということなのです」
アルマは少々困惑を含んだ表情を浮かべる。
「つまり帰すなら二人とも、一人を残して一人を帰すことはできないというわけだ」
狼がアルマに問う。
「ええ、そうです。この場合二人とも帰して改めて、一人を呼ばねばなりません」
おそらく彼女は困惑しているのだろう。それは神経質にテーブルを叩く指先にも現れていた。
「そうすると少々時間を無駄にしてしまうのです」
アルマは沈痛な溜息をついた。
しかし、その瞬間、かほるの脳裏に浮かんだのは、これで逃げ切れるんじゃないかという薄情なものだった。
いきなりわけのわからない国の王様なんかにされてたまるか、うまくあっちに戻ったら二度とこんな場所になんか戻らない。
思わず決意を新たにしてしまう。
「だから俺に帰るの諦めてね、なんて言わねえだろうな」
その横で狼がすごんだ。そうかそういう可能性もあったんだ。とかほるは自分に都合のいいことを考えすぎたと反省した。
「それも困るのです、実は、訪れた者はどうしてもここに長くいることができません。その余り長生きしないのです。それが何故かはわかりませんが、おそらくこちらからあちらへ渡った者も状況は変わらないと思われます」
「寿命に関わるのか」
思ってもいなかった事態にかほるは苦悩した。命か、日本か、究極の選択を迫られているのだと思った。
「今日のところはお部屋を用意しますので、お休みになってください」
ぐらぐらする頭を抱えて、かほるは、テーブルに突っ伏した。もう休めというアルマの声も聞こえてはいなかった。
あてがわれたのは、ベッドが二つ置いてあるだけの部屋。ベッドに坐ると手触りが固い。おそらく藁をぎちぎちに詰めてマットレスを作ったのだろう。
それにざっくりと毛糸のような糸で織られた布がかけられている。おそらくこれがシーツだろう。
マットレスと同じ方法で作られたと思しい枕、そして、分厚い毛布。これらの寝具に身体を潜り込ませた。
身体は付かれきっているが、眠れる自身はなかった。目覚めればすべて夢だといいのに。そんなことを思いながら目を閉じた。