消えた幼児の行方
この地は、傍系の王族の所有地だったが、本国と海に隔てられた辺鄙な土地だったため、虚弱体質なため政務に関われない領主の長男の隠遁所になっていた。
腹違いの妹であるアルマはその時はここにいなかった。
本国に流行り病が蔓延し、避難という形でその高貴な幼児はここに連れてこられた。
アルマの兄は、少数の使用人にかしずかれて、かほる達が最初に来たあの建物の向かいに住んでいた。
かほる達がいた建物は当時から物置小屋のような扱いを受けていたらしい。
幼児はただその場所にいただけだった。
何人かの使用人と乳母が、交代で幼児に付き添っていた。そしてその幼児は消えた。消える可能性などない密室の中で。
その部屋は、窓は幼児の背の立つ高さになく堅く閉じられていた。そして、大人は通り抜けることが不可能な小ささだった。
部屋の扉の前には、見張りが二人付いていた。
幼児はクッションに埋もれて眠りこけており、よく眠れるようにと一人にして置いたらしい。
いつまでたっても置きだしたような声も物音も聞こえてこない。不審に思った乳母が、扉を開けたとき、幼児の姿はどこにもなかった。
当然大騒ぎになった。真っ先に疑われたのはアルマの兄だったが、幼児がその部屋に籠っていた時、彼はいつもの習慣どおり医師の診察を受けていた。
他の使用人も現場となった部屋には誰も近づいていなかった。そして、見張りをしていた付き添いの使用人も、お互いにまったく知らないとしかいわなかった。
館周辺のみならず、周辺の村まで探査の手が伸ばされたが幼児はいまだ見つかっていない。
そして厄介なのが、今現在王位継承者が少なく、その少ない一人が、行方不明の幼児だったりする。
無論行方不明の幼児を死亡とみなし、残る王位継承者に継がせてしまえばいいと言うものも数多いが、そうできないのは色々背後に問題を抱えているからに他ならない。一番いいのが幼児が発見されることなのだ。
そこまで聞いて、かほると狼は顔を見合わせた。
「そうすると、怪しいのはかほるじゃねえか?」
言われてかほるは目をむいた。
「だって俺妹がいるし、似てただろう、実の兄弟だって」
かほるは一人っ子だ。その上両親とは似ていない。
思い出せる記憶は三歳までだが、その幼児が三歳以下だったとしたら、どうしようもない。
「なあ、あんたはどっちだと思ってるんだ?」
狼はアルマに水を向ける。
「貴方ではありません」
はっきりと言われた。かほるはその場でテーブルに突っ伏しそうになった。
「もしかして、あそこで二つの世界のつなぎ目になっているって大分前に確かめたのか?」
かほるはそう言ってアルマに詰め寄る。
「当然だな、あんたは当時そこにはいなかった。だとすれば異世界にその子供が行っちまったって確信を持てるのは、実際にあちらとこちらを行き来した経験があればこそだ」
アルマは静かに答えた。
「確かに、私が子供の頃訪れた方がいらっしゃいます、法則について確信がもてたのは、つい最近ですが」
「法則、ああ、呼んだって言ってたな」
「じゃ帰れるのか」
「ええ、帰れます」
あっさりとアルマは答えた。