広尾クンは穴の中
「でも……」と、広尾クンは破れたインナーの胸元を押さえながら、赤くなった顔を背けた。
「パンツ姿より、君に手をつままれて引っ張られた瞬間の方が、心臓が破裂しそうだったんだけど……」
沈む夕日の中、静まり返るグラウンド。わたしは自分の顔が、メロンパン以上に熱くなるのを感じていた
「ひ……、広尾クンかま……、あ……アナの中に……!」
そんな焦っているのが明確な台詞から物語は始まった。
「アナ?」
わたしはふしだらな想像をしてしまい、密かに顔を赤らめた。
「おい、誤解するな! アナグマの巣穴の中だ!」
叫んだのは、陸上部の熱血顧問・黒岩先生だった。グラウンドの隅で巨大な穴に半身を突っ込み、バタバタと足をあがかせている少年こそ、我が校のアイドル・広尾クンである。
「助けてください! なぜか穴の中で怒ったアナグマにスネを噛まれてます!」
「落ち着け広尾! 今、引っ張ってやる!」
先生が広尾クンの両脚を掴んで引き抜こうとするが、ポンッと心地よい音と共に抜けたのは、広尾クンのジャージのズボンだけだった。
「きゃあああ! 見えちゃいけない広尾クンがー!?」
「バカ者、叫んでる場合か! 早く上のパンツ(上半身)も脱がせるんだ!」
「先生、指示が完全に不審者です!」
現場はパニックに包まれ、校内放送からは謎のBGMが流れ始める。果たして広尾クンは、尊厳と命を守り切ることができるのか!?
「どうして上まで脱がせるんですかー!」
わたしの叫びも虚しく、黒岩先生は「抵抗を減らすためだ!」と謎の物理理論を叫びながら広尾クンのジャージ(上)を引っ張った。
ビリリッ!
「ああっ、僕のブランドもののインナーが!」
「細けぇことは気にするな! ほら、もう一押し……いや、もう一引きだ!」
脱げたジャージの反動で先生がしりもちをついた瞬間、穴からシュバッと影が飛び出した。
「キシャーッ!」
怒り狂ったアナグマである。威嚇しながら広尾クンのパンツのゴムを咥えて引っ張り始めた。
「待って! そこは僕の最後の砦! 尊厳の防波堤です!」
「広尾、耐えろ! 今、校長先生に許可を取って散水ホースを持ってくる!」
「先生、水責めは僕にとどめを刺すことになります!」
パニックが頂点に達したその時、校内放送のBGMが唐突に切れ、教頭先生の穏やかな声が響き渡った。
『えー、陸上部前で騒いでいるみなさん。アナグマは甘いものが好きです。購買のメロンパンを投げ入れるのです』
「それだーっ!」
わたしはカバンから買い込んでいた「特製デカメロンパン」を取り出し、広尾クンの股間を狙って……ではなく、穴の少し離れた場所に投げつけた。
フシュ……ッ!
メロンパンの香ばしい匂いを嗅ぎつけたアナグマは、広尾クンのパンツから口を放すと、吸い寄せられるようにメロンパンへまっしぐら。夢中でかぶりつき始めた。
「いまだ、引き抜けぇぇぇ!」
黒岩先生とわたし、そして駆けつけた野次馬の生徒たちが一斉に広尾クンの両腕を掴み、引っ張る!
スポーーンッ!
シャンパンの栓が抜けるような快音と共に、広尾クンは穴から救出された。
……下半身はパンツ一丁、上半身は破けたインナーという、お世辞にもアイドルとは呼べないお間抜けな姿で。
「助かった……命も、ギリギリ尊厳も……」
仰向けに倒れ込み、空を見上げて涙を流す広尾クン。
パチパチパチ……と、周囲から自然と湧き上がる感動の拍手。
「よかったわね、広尾クン!」
「ああ、ありがとう……。でも君、僕のパンツ姿、最初から最後までバッチリ見てたよね?」
「あ」
夕暮れのグラウンドに、わたしの気まずい悲鳴が響き渡った。
(おわり)
最後までお読みいただきありがとうございました!
今回は「尊厳と命の狭間で戦う男子高校生」を描きたくてペンを執りました。学園のアイドルを穴に突っ込み、アナグマにスネを噛ませ、身ぐるみまで剥ぎ取る悲劇となってしまいましたが、広尾クンならきっと力強く生きていってくれるはずです(メロンパンの代金は後日彼に請求しましょう)。
ちなみに「アナグマは甘いものが好き」というのは本当の情報です。もしみなさんもアナグマに尊厳を脅かされた際は、ぜひメロンパンを投げつけてみてください。
それでは、また次の作品でお会いしましょう!




