逆境を跳ね返したのは他人の悪意でした
※地の文に「ら抜き言葉」「い抜き言葉」などの表現が含まれます。
変わった体験したから聞いてくれる? とメッセージを送ったら、親友の静香はすぐに「りょーかい!」とうさちゃんが敬礼する可愛いスタンプをくれた。
放課後、塾が始まる前の空き時間にファストフード店で待ち合わせ、一番奥の席に座る。
「異世界!?」
「ちょ、声が大きい!」
「ごめんて。……ひょっとして昨日帰りが遅かったのって」
家族や友人には「ちょっとお腹痛くなって駅のトイレにいた。スマホは充電切れてた」って誤魔化したんだけど、本当は駅から家に帰る途中で拉致られたのだ。文化も常識も違う、異世界に。
「そう。時差? が数時間で済んでほんと良かった」
「ヒカルの場合、ニュースになったら詰むもんね……」
「それな、マジそれな……」
捜索願もだけど、メディアに露出するのは特に困る。今まで目立たず真面目に大人しく生きてきたのに、一生ネットのおもちゃにされかねないデジタルタトゥーなんて冗談じゃない。断固拒否だ。
「で、詳しく聞かせてくれるんでしょ?」
「もちろん。静香だけは絶対、聞いた話を誰にも話さないって信じてるし」
◇◇◇
「よくぞ参られました、聖女様!」
帰宅途中、角を曲がったところで写真のフラッシュみたいな光に照らされた。
うおっまぶしっ! って目をつぶったら、野太い声の大合唱。
「は? えっ?」
道沿いの家から漂ってた、醤油がいい感じに焦げる香ばしい匂いが消えていた。代わりに鼻に感じたのは、埃っぽくて湿った臭い。
恐る恐る目を開けた。
見回したら、床も柱も石でできた大きな部屋らしき場所。床一面に描かれた模様から青白い光がじわじわ消えていくところだった。
「なに、これ……」
いや、ほんと何なのこれ。
夕焼けの赤色はなく、床の光も消えてしまうとなんだか薄暗い。小さな灯りがぽつぽつと、等間隔で揺れてる。
模様の外には、黒くて長いレインコートみたいなフードを被った不審者がずらり。体格と、さっきの声からして全員男だと思う。
その人たちをかき分けて、一人だけやたらキラキラしい人が出てきた。人好きのする笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。周りが黒ずくめだから、余計に目立つ。
「突然のことで驚いていらっしゃると存じます。私はコランバイン国の第一王子、ジョンキルと申します」
「は、はあ」
確かに金髪碧眼の美形ではあるけど、こういう時に親しみやすさを出してくる奴は大抵ロクなもんじゃない。
え、コスプレごっこ? と口に出さなかったドン引きの私を、誰か褒めてほしい。
「美しい人、お名前をお聞きしても?」
「え、……ヒカル、だけど」
「ヒカル様。あなた様にぴったりの、素晴らしいお名前ですね」
顔面平均値の私に対するあからさまなヨイショと、花咲くような笑顔に鳥肌が立った。ホストか。いや実物に会ったことないから知らんけど。
表面上は友好的。でも、この顔に落ちない女なんているはずないと言わんばかりの空気を感じる。内心で警戒レベルを一段階上げた。
「あの、ここはどこですか」
「我がコランバイン国の王城地下にある召喚の間です、ヒカル様。応接室にお茶の用意をさせてあります、詳しいお話は後程、そちらでいたしましょう」
召喚ときたか。そういやさっき、謎のフード野郎どもも「聖女様」って言ってたな。通学中の暇な時間にスマホで読んでた投稿サイトでは「あるある」な定番設定だったけど、まさか私に降りかかるとは。
「その前にお召し替えを。そのような素朴な服装では、我が城では少々浮きますから」
王子が手を二度叩くと、扉が開いてしずしずとメイドが入ってきた。素朴って言ってるけど、内心貧乏くさいとか思ってるのが声色にちょっぴり出てる。失礼だな、学生服は第一礼装だぞ。
「ヒカル様、この者たちはヒカル様のお世話を担当いたします。さあ皆、ヒカル様にご挨拶を」
全部で五人。年代は私と近く、髪の色はばらばら。というか、とってもカラフル。ちょうどいいから色名で呼ぼう、憶える気も特にないし。
リーダーとおぼしきメイドレッド(仮)が「さあさあ、ヒカル様。どうぞこちらへ」と私を促す。
「何色がお好きですか? ヒカル様」
「その前に、ドレスのデザインを決めるところからですわ。ね、ヒカル様」
本人そっちのけで服の話に盛り上がるのはグリーンとブルー。
「綺麗な御髪ですねぇ、ヒカル様ぁ」
声がやたら間延びするのはピンク。
「ヒカル様、召し上がれない食材などはおありですか? シェフに伝えてまいりますわ」
そして食べ物の話をするのはイエロー。アレルギー持ちだったら地味にありがたい存在になりそう。
彼女らは私の周囲にわらわらと群がって、部屋から連れ出した。
「いってらっしゃいませ、ヒカル様!」
扉をくぐるとき、不審者ズが声を揃えて見送りの言葉をくれた。びっくりした。
◇◇◇
「──へえ、それでそれで?」
静香はポテトをつまみながら先を促す。
「その後はドレスに着替えさせられて、応接室でお茶しながら説明を受けたよ。ドレスは重いし、ウエスト絞りまくりでキツイしで最悪」
「ヒカルはガーリー系とかひらひらふわふわとか、あんまり好きじゃないもんねぇ。お菓子とかは? どうだった?」
「バターばーん! 砂糖どーん! って感じの、『いい材料しこたま使ってるんだから美味いに決まってんだろ!』的なカロリー爆弾だった」
「うわー……胸やけしそー……」
◇◇◇
王子からの説明も、一言で感想を言えば「わーテンプレー」だった。
大地から発生した瘴気がうんぬんかんぬん、でも我々の力ではどうにもできないなー困るなー、解決しないと国がー罪もない民の命がー。
で、異世界から聖女様をお呼びしてどうにかしてもらおうと思いました(キリッ)。
「それを解消したとして、その後、私は元の世界に戻れるんですか?」
「先ほどの召喚の間にある魔法陣に、ヒカル様の聖力を注いでくだされば」
ずいぶんあっさり答えるんだな、とは思ったものの、あえて指摘はしなかった。
私は帰る。絶対にだ。行方不明だなんて冗談じゃない。
でもそれを表に出しちゃいけない。こちらが必死になればなるほど、相手の交渉材料にされて不利になる。
私はそれを、経験で知っているのだ。
「そうですか。よかった」
安心したように笑ってみせれば、王子はほっとしたような表情をし、メイドファイブもお互いの顔を見合わせて微笑んでいた。
とにかく、相手を油断させることが肝心。変に抵抗して、服や荷物を取り上げられても困る。
多分メイドは見張りなんだろうけど、五人もいたら誰かしらポロっと情報落とすでしょう。
◇◇◇
「不審者を信用しなかったのは偉い!」
「でしょ? 笑顔とか態度とか、めっちゃ胡散臭かったもん」
彼らの言葉の端々に、こっちを見下したり侮ってたりする態度が見え隠れしてた。
そもそも誘拐犯を信用するとかナシだけど、むやみに敵意を見せるのはまずいことくらい分かってた。なぜなら「そういうテンプレ」をたくさん知ってるので。
だから最後の瞬間までは、ずっと友好的な態度でいた。異世界に興味津々でちょっと頭が緩そうな、好奇心旺盛なキャラで通した。
「……そしたら、三日目の夜に、メイドイエローがポロリしたの」
「いや言い方。てか三日て。早くない?」
「向こうにいる間は、ぶっちゃけ『遅いわ!』って思ってたよ。もう三日も経ってるのに! って」
「あーそっか、ヒカルの立場ならそうなるよね」
◇◇◇
百回名前を呼んだから、もう安心。
深夜、私が寝たと思ったのか、イエローが他のメイドファイブの面々とのお喋りの中で漏らした情報はこれだった。
そのままベッドの中で聞き耳を立ててたら、名前を呼び続けることで相手の魂をこの世界に縛って意のままに操る秘術があるなんてことも知った。
お百度参りならぬ、お百度呼びかけ。道理で、すれ違ったりする度に挨拶なんかで執拗に名前を呼ばれると思ったんだ。メイドが多いのも多分、手っ取り早く百回のノルマをクリアするため。
あの不自然なフード軍団の見送り言葉だって、声を揃えるには練習が要るもんね。
(うわぁ……)
ついでに、聖力とやらも瘴気の浄化が済んだら綺麗さっぱり無くなるらしい。つまり、連中の希望通りにしてやったら、その時点で帰れなくなるのは確定。
そして王子は知らぬ存ぜぬで、私を慰めて聖女の血を王家に入れられて万々歳、と。
それなのに、何にも知らないまま能天気にちやほやされてて馬鹿な娘よねぇ、だってさ。
(やっぱりロクでもなかった)
でも別に落胆はしなかった。「でしょうね」って感じだ。これまたテンプレゆえに。
まあ、向こうが騙す気まんまんなら、こっちも罪悪感なしで帰れるのでヨシ。いやよくないけど。
「──なに、召喚の魔法陣が見たい?」
翌日、聖力のコントロールの授業が終わったところで、私は教師役の爺さんにお願いした。
彼は召喚の日にわらわらいた、不審者フードの中身の一人だ。王宮魔導士団なる集団のトップだとか。
あの胡散臭い服はレインコートじゃなくて魔導士のローブらしい。ちなみに今も着ていて、裾を引きずってる。え、トイレの床とか汚くない? それとも持ち上げて移動するんかな。それも微妙な絵面だな。
「うーむ……」
そしてこの人も、昨日まではしつこくヒカル様ヒカル様言ってたくせに、例の百回カウントが済んだ途端にぱたっと呼ぶのをやめている。とっても分かりやすい。そして都合がいい。
……まあ、あの場にいた以上、無関係だなんてことはありえないって分かってるけど。
「私の世界には魔法がなかったから魔法陣なんて見たことなかったし、綺麗に光ってたのが印象的だったからもう一回見たいんだ。いいでしょ?」
爺さんは少し考えて、「まぁ、よろしいでしょう」と答えた。秘術があるから、いざとなれば止められると高を括っているんだろう。でもその思考が全部顔に出てるのはどうかと思う。大人なんだからその辺は取り繕えよ。
「やったぁ! ついでに、魔法陣を使う魔法についても色々教えてくれると嬉しいな!」
「勉強熱心なのは良いですが、お帰りになるのは、どうか瘴気の浄化を終えてからにしてくだされ」
帰れるわけないけどな、って副音声で目が言ってる。嫌な顔だ。
だから私はお手本を見せてあげる。
「分かってるよ~」
緊張感ゼロの小娘に、爺さんは相好を崩して「ついて来なされ」と背を向けた。
いいのかなー、私、あんたのお願いの言葉を了承してないんだけど。
◇◇◇
そこまで話し終わった私は、コーラで口を潤したあと、チキンナゲットにソースを付けて口に放り込む。
ジャンクな味。だけど、向こうのお高い調味料ドバドバなだけのご馳走よりずっと美味しい。気の置けない人と食べる楽しい食事なら猶更。
「──で、連れてってもらった時に道順憶えて、色々聞けるだけ聞いて、夜中に荷物全部持って行って魔法陣に聖力ぶっこんで、ソッコーで帰ってきたってわけ」
百回のノルマ終了の知らせが行き届いていたのか、城の人たちの警戒もかなり緩んでいた。何も知らない小娘一人、って舐めてたんだろうね。
「私、今、メシウマって言葉を初めて実感してる」
期間限定のバーガーにかぶりつく静香は満面の笑み。
「実際美味しいよ、こっちのご飯。向こうは成人病待ったなしって感じだったから」
◇◇◇
「ヒカル様!」
青白く光る魔法陣の中心に立っていると、私の知る面々が兵士を連れて泡食ってやってきた。
王子にメイドファイブ、魔導士の爺さん。ちなみに王や王妃とは会ってない。あと多分いるであろう、第二以下の王子や王女も。一人っ子なら多分、第一王子なんて言わないだろうし。
国を救うために召喚した相手に、国の代表が挨拶すらしないあたり、色々とお察しというやつだった。
「思ったより早かったなぁ」
魔法陣に動きがあれば城内の各地に知らせが行く、と前もって知ってたから、別に焦らない。
聖女が召喚の魔法陣を起動した場合は本人の意思で取り止めにしない限りは外野が勝手に止められないことも、起動から発動までには多少のラグがあるのも、全部、爺さんから昼間に聞いたから。
「ヒカル、戻れ!」
「殿下が戻れと仰せだ! 言うことを聞け!」
駆け付けた人たちには、最初、まだどこか余裕がうかがえた。けれど居丈高に命令する声は、私が全く従わないことに気づいて威勢をなくしていく。
てか王子も爺さんも、呼び捨てタメ口かよ。化けの皮剥がれるの早すぎない?
「なぜだ、どうして命令が効かない!? おい、ちゃんと数えたんだろうな!」
「もちろんです! 念には念を入れて、わたくしたち五人だけで百回数えてございます!」
そうだね。「ヒカル」の呼びかけカウントは、そうなんだろうね。
でも残念でした。
「ううん、ゼロだよ」
「は?」
「私の本名、ヒカルじゃないもん」
「……は?」
「別にわざとじゃなかったんだけどね。でも結果オーライかな。名前を百回呼ばれたら、命令に逆らえなくなるんでしょ?」
彼らの顔が絶望に歪むのは、ぶっちゃけかなり愉快だった。
口々に「人の命がかかってるのに」だの「私たちを見捨てるとはひどい」だの「お前は人でなしだ」だのと喚かれたけど。
「誘拐したあげくに騙して人一人の人生食いつぶそうとした連中の都合なんて、私の知ったこっちゃないし」
と答えておいた。一瞬静まり返り、こんどは懇願の言葉が次々飛んでくる。
でも、誘拐プラス詐欺犯の命乞いを、被害者が聞いてやる必要ある?
「じゃ、さよーなら! あんたたちの世界はあんたたちで何とかしてよね!」
◇◇◇
「いやーマジ、無事で良かったよヒカル」
「ありがと」
「家裁に申請は? そろそろするんでしょ?」
「うん」
私の名前は「光」、ただし読みは「しゃいにー」。いわゆるキラキラネームというやつ。
出産後、母が寝込んでいる間にクソ父が勝手に出生届を出してこうなった。しかも、あの野郎に「最近はこんな名前が流行ってるんだよぉ」などと嘘八百並べて唆したのは不倫相手の女だったらしい。
なんでそんなことを私が知ってるのかというと、不倫女がわざわざ教えてくれたから。父の前ではにこやかで大人しそうだったのに、二人きりになった瞬間に悪意満載のニヤニヤ顔に変貌してびっくりした。
そいつが言うには、母子ともども世間から変な目で見られて苦しめばいい、だって。マジクソ。そして世間で変にみられるのは父親もでしょ、と思って一応父にはチクったけど信じて貰えなかった。重ねてクソ。
「ニュースで本名流れたら、クソ親父に居場所バレるとこだった……早く改名したい……」
母はまともだった。
娘を守りつつ家事と子育ての傍らで手に職を付けて貯金もして、夫に離婚届を叩きつけた。
ドロっドロに沼った両親の離婚調停が終わり、不倫したくせに未練たらたらの父と私の本名を知ってる人がいる地元から逃げるように遠くへ引っ越して、最近やっと改名手続きに取り掛かれるようになったのだ。
本当は15歳から本人が申請できると知ってたけど、クソ野郎は私の必死さを笑い、揶揄い、申請の邪魔を散々してくれた。結果的にそれが離婚事由の一つになったのは、馬鹿でしかないが自業自得。
本人は親子の微笑ましい交流だと思ってたらしい。肝心の娘(私だ)は泣いて嫌がってたのに、「喜んでると思ってた」とか化け物かよ。ざまあ。
「新しい名前はどうすんの?」
「読み仮名変えるだけ。その方が申し立て通りやすいんだって」
「じゃあヒカルなのは変わらないんだ」
「そうだよー。通称の実績積むために、学校や塾にも相談してたんだし」
そう。世間が私の名前を通称でしか認識してない場合、「正当な改名事由」として申請が通る可能性が高くなる。だから恥を忍んで各所に我が家の事情を話して、協力してもらってた。ニュースになりたくなかった理由は、これもある。
「本名が世間に公開されたら、通称なんて一発で吹っ飛ばすインパクトあるもんね」
「ね。絶対面白がって、しつこくしぶとく本名で呼ぼうとする奴が出るよ。『だって本名だろwww』とか言って」
「うっわ想像しただけで腹立つ」
向こうの世界なら多分、本名の方が通じやすかったんだろうけどね。でもここは日本で、私は日本人。そして日本人の名前として「シャイニー」は極めて非常識と見做されるので却下一択。
王子に名前を聞かれたとき、一瞬だけ本名の方がいいかな? と思いかけたけど、やめておいたのだ。我ながら大英断。
「ねえ、そういえばだけど。また向こうに召喚される、なんてことはない? 大丈夫?」
「大丈夫だと思うよ。あっちの人が召喚の魔法陣起動するには、百年くらい魔力を貯めないといけないんだって」
「そっか、よかった」
もっとも、百年後に向こうの国が残ってるかも分かんないけど。
あの国にも善良な人はいたんだろう、会う機会がなかっただけで。でも、だからといって知り合いでもない他人のために、私の人生を差し出す筋合いはない。
神様でもないから、聖書みたいに「あなただけ助けますよー」なんて不可能。恨むなら向こうで私に関わった人たちを恨んでほしい。
「今は終わったことじゃなくて将来に目を向けるべきっしょ」
私は私の世界で頑張るので、向こうは向こうの世界で頑張って、と願うばかりだ。
「それな。次の試験、範囲エグいし」
「そう、特に数学! マジありえんし」
私たちは残ってたコーラを飲み干して席を立ち、ごみを捨てて塾へ向かった。いつもの、ありふれた日常。
酷い本名とはもう少しでお別れだけど、それが役に立つこともあったんだな。
改名後だったらアウトだったと思えば、人生、何がプラスになるか分かんないもんだ。
……そこだけはちょっぴり、感謝してあげてもいいのかもね。
お読みいただき、ありがとうございました。




