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最後の結婚式――わたしたちが幸せになる方法  作者: 赤城ハルナ/アサマ
第一部 ヘイデン屋敷

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9/10

彼と彼女のすれ違い

 二日目になってもお見合い相手は現れなかった。


「ソーニャ、誰も来ないみたいだから、帰るまで好きに過ごすことにするわ。お散歩ついでに庭に出てみたい」

「ハァ……お腹が空いた……わたくしが死んだら誰のせいだと思うの?」

「カロリーバディ食べる?」

「もういいわ」


 ソーニャと一緒に使用人用の裏口から裏庭に出た。そこには種々多様なハーブが植えられている……みたい。初春だから葉は出ていないのが残念。

 屋根裏部屋の彩りに、春一番に咲くヒメオドリコソウでも摘もうかしら。薬になるし、サラダの色どりにもなるし。

 そうだわ、ティーソーサーに乗せたカロリーバディに添えればいいんだわ。


 ぷちぷちっ。


 ということで、可愛らしいヒメオドリコソウを両手一杯に持って帰り、水が入っているコップに挿した。


 カワイイ~。


「なんだかすごく『虐げられた令嬢』っぽくない? ワクワクするわ。小説の冒頭を書けそうよ」

「もう~、好きにすれば?」と言って、ソーニャは自分のトランクから刺繍セットを取り出した。

「何に刺繍するの?」

「下着」

「へぇ、クリス叔父様に見せるため? もうそんな仲なのね」

「バ、バカ!」


 えーと、この見合いはもしかしたらアレね、寄って来る女性を跳ね返すための偽装。だとしたら、トーマス・ヘイデンはイケメンなのかしら。

 もしくは、家庭環境が最悪なために自分はうんぬんかんぬん、または親に無理矢理ということだったりして。

 面倒に巻き込まれたら嫌だわね。

 とはいえ、新しい小説の材料になりそうなのは嬉しい。


 妄想が膨らんだので、さっそく新しい本の執筆にかかった。

 タイトルは『捨てられ令嬢――草を食べて命をつなぐ三日間――谷底からの復讐』

 イラストも同時進行で描こう。

 幽霊が出そうなヘイデン屋敷の陰鬱さも内容によく合う感じ。地下室に謎の人骨があったりして。


 ネタはばっちり!

 お見合い相手様、もっとわたしを虐げて?

 想像力を働かせれば、婚約者様とすれ違って虐げられ、崖から転落したあと騎士様に助けられ、婚約者様が後悔するというテンプレ物語が書けるかも!


「どうしてそんなにキャンドルを持って来たんですの?」

「夜なべするかもしれないから」


 いったんペンを走らせると止まることを知らず、夕食も入浴も睡眠もすっ飛ばし、いつの間にか夜明けになっていた。

 ソーニャはひとつしかない狭いベッドでスヤスヤ眠っている。

 さすが心臓に毛の生えた女、ソーニャ。頼もしいわ。アールグレン家を頼んだわ。


 三日目の早朝、徹夜でふらふらになったわたしは喉が無性に乾いたので、機嫌の悪いソーニャを叩き起こし、水とコーヒーをもらいに地下の厨房へ行こうとした。


 ところがですよ。


 徹夜と連日の粗食のせいか、あと六段くらいというところで足を踏み外してしまったのだった。


「あっ……マズイ……」


 くるくる回転しながら階段落ちし、ドレスからはしたなくも足を出し、みっともない姿をさらしたわたしは、そのまま意識を失ったのだった。


(恥ずかしすぎる……目覚めたら三日前に巻き戻っていますように……)





 目覚めたとき、柑橘系の香りがするベッドの中にいた。

 父のまとう控えめで柔らかいコロンとはまた別の、柑橘プラス薬草みたいな。


 まさか、他人のベッド?

 そういえば……自分、どうしちゃったんだっけ。ああ、階段から落ちて……頭が痛い、熱っぽい、右足が痛い。


 ソーニャはどこ?



∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴

 そのとき、ぶわっと自分の状況が鮮明になった。


 そうだよわたし、以前は日本人だったんだ!

 なぜにこんなところにいるのかな?


 前々からの違和感が今明かされる!

 なぜあんな三文小説を書くことができたのか?

 なぜあんな狭い部屋が好きだったのか?

 なぜシェフに、南国からの輸入米でリゾットを作らせていたのか?

 それは全部、前世の記憶がさせていたことだったんだ!


 それならわたしは何者だ?

『悪女』『悪役令嬢』『ドアマットヒロイン』?

∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴



「み、みじゅ、みじゅぅ〜」と、滅茶苦茶はかなげなアニメ声を上げたら、スライディング土下座ならぬスライディングでひざまずいた男性にガシッと右手をつかまれた。

 ナニコレ。


「さあ、これを飲んでください、姫」


(姫?)


 おまわりさ~ん、こいつです!





 日本人に逆戻りして『新生セレーナ』として生まれ変わったわたしは、再び意識を失った。前世でも今世でも男に全く耐性がなかったのである。父とクリス叔父様は別として。

 それからのことは覚えていない。いつの間にかアールグレン屋敷の自分の部屋に寝かされていたから。


 どうしよう、見合い相手の屋敷へ乗り込んでわがまま言って、その結果階段落ちして迷惑をかけただなんて。

 恥ずかしすぎて死にたい、もうヤダ……。

 これは絶対お見合い失敗ですわ、構やしないけど……。


 ところが先方から来た連絡は、『お見合いやり直し』のお願いとたくさんの花束、お詫びのプレゼント攻撃だった。


 え?

 やり直し?

 ちょっと待ってよ、聞き捨てならない!


 張り切って断られようとしたら、執着されたでござる。


「お父様、なぜこうなるんです? お見合いは失敗したのでしょう?」

「それがな……どうしてもやり直したいとヘイデン家のご令息が……」

「ハァ……(断れなかったのね)」



※ ※ ※



「だから言ったんだ、お前じゃダメだと! 私がわざわざ持って来た話を断ってまでやらせたのに!」


 ――後悔ばかりだった。


 お見合いが失敗したその日、ぼくは彼女のぬくもりが残るベッドを離れることができなかった――元々ぼくのベッドなのだけれど。

 翌朝になってようやく彼女の父に謝罪の手紙を書こうとペンを走らせたそのとき、屋敷宛に先方から直接手紙が届いた――行方不明になった馬と共に。


 読んだぼくは衝撃を受けた。


『見合いは無かったことに』という内容だったのだ!


 ぼくはアールグレン家へお詫びの品物を送り、改めて心からの謝罪と、何とかもう一度やり直し、婚約の話を進めてほしいとの内容をしたためた手紙を送った、心の中で泣きながら。

 父はあれ以来ぼくの結婚に興味を示さなくなったので、手紙も全て自分で整えている。

 万が一ぼくが結婚できなければ、縁続きの息子に継がせればいいとか考えているんだろう。


 そして先方との二週間に及ぶ交渉の結果、双方に問題がなければお見合いのやり直しということになった。


「ふぅ、ようやく……」


 と言っても、いつやり直すかはまだ決まっていない。


 思えばあのように可憐な令嬢が、こんな薄暗いヘイデン屋敷に嫁いでくるはずがないのだ。愛らしいドールよのうな彼女を妻として迎え入れるために、早急に屋敷の雰囲気を変えなければならない。

 ぼくの妻にふさわしい場所へと。


 彼女が去ってからずっと、ぼくの目は黒髪の彼女の面影を追っていた。自分の手に彼女のぬくもりが残っている。


 ぼくは令嬢を妻にし、一生涯守っていこうと心に誓った。

☞次回はソーニャの話です。

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