はじまりの物語
そもそものはじまりです。
十八年前――。
勇ましいファンファーレと共に、軍楽隊の演奏がはじまった。
南の大国メリディアナ皇国では、皇族主催の戦勝記念パーティーが華やかに開催されていた。
一年間に渡る隣国との戦争に勝利し、パーティーに招待された皇族・貴族・軍人将校・聖職者・外国使節団らは、これからの平和と復興への期待に胸躍らせていた。
皇帝の演説と戦勝報告、功績者の表彰が終わり、豪華な晩餐のあと。
室内オーケストラに合わせて皇族のファーストダンスがはじまる前のことだった。
「君との結婚はできなくなった。婚約は破棄させてもらう」
漆黒の髪に青い目の貴公子――メリディアナ皇国の公爵子息が、美しく着飾った婚約者の前で宣言した。
「えっ……なぜですの……突然何を仰っていますの……?」
この国では極めて珍しい赤毛の令嬢――公爵子息の婚約者――は震えた。
「理由は数々あるが、一番の理由は、私にはもう君に心がないことだ」
「そんな……そんなことを仰られても……ついこの間までわたくしたち、愛し合って……」
今にも倒れそうに、令嬢は顔をおおってうずくまった。
「私は幼馴染のルイーザと結婚することにした」
貴公子の隣には、勝ち誇ったように微笑む黒髪のあでやかな女性がいた。
「ほら、君と違って見事な黒髪だろう?」
「そんな……!」
「慰謝料ははずんでやろう。もう君との縁は切れたのだから、ここから立ち去ってくれ」
「そんな……酷い……アウグスト様……!」
令嬢は嗚咽を漏らし、顔をくしゃくしゃにして涙を流しながら、小走りに去った。
「ラリサ!」
「お父様、お母様……」
令嬢の下に駆けつけた両親が貴公子に抗議した。
「前触れもなく婚約を破棄するとは、どういうことですかな、ヴィセンテ家のご令息!」
「さきほども言ったとおりだ。私はルイーザと結婚することにした。もうラリサに対する気持ちはない」
「そちらから我が侯爵家へ婚約の申し出をしていながら、不誠実ですぞ!」
「何とでも言えばいい」
その言葉を最後に、二人は仲睦まじそうに会場を去った。
突然の出来事に会場はざわめき――けれども、流れはじめたオーケストラの演奏と皇族たちのファーストダンスに心を奪われ、人々は不都合なハプニングから目を背けた。
(帰ったらティータイムの話題にでもしよう)と思いながら。
「抗議文と慰謝料の請求書を送ってやる、とびっきり高額でな! ヴィセンテなど潰れればいい、地獄へ落ちろ!」
皇国陸軍大佐を務めていた令嬢の父は大声で罵った。
「お待ちくださいソアレス卿、そしてご令嬢!」
涙を流す令嬢を支えながら会場を去ろうとしていた両親に、勇敢にも声をかける者がいた。これといって特徴のない金髪の青年だった。
戦勝会に招待された同盟国の外国人と思われる。
「ソアレス卿、私のお願いを聞いていただけませんでしょうか」
「いきなり何だね、君は?」
「私はノルデン国より参りましたアールグレン家の者です。ぜひ、お美しいレディーにプロポーズさせてはいただけませんでしょうか。一生大事にいたしますので」
どこにでもいそうな、人のよさそうな金髪の青年が令嬢の前で跪いた。
「君は……わたしの娘に対して不躾にもほどがある!」
「うぅっ……」
赤毛の令嬢はそのまま気を失った。
パーティーは何事もなかったように続いた。
※
それから八か月後――。
ノルデン国のアールグレン家から産声が上がった。
「あぁ、わたくしの王子様、ご覧になって。わたくしとあなたの愛しい子」
――わたくしが産んだ、わたくしにも王子様にも似ていない、黒髪の女の子。
* * * * * * * * * *
「ホセ、新たな任務だ」
「何なりとご命令ください、大佐」
軍を退役した片目の男が返事をした。
* * * * * * * * * *
その一年後、皇国のヴィセンテ家では男子が誕生したが、間もなく妻と子は亡くなった。
☞この話は波乱万丈という感じですが、十八年後の本編はヒロインがアホなので、のほほんとしています。




