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最後の結婚式――わたしたちが幸せになる方法  作者: 赤城ハルナ/アサマ
第二部 ミスター・ミハイロフ

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11/11

婚約破棄の代償――繰り返される結婚式

心の壊れた母が登場します。

 小さい頃は母に会わせてもらえなかった。


 わたしが五歳になったときのことだった。


『おいで、セレーナ。お母様に会いに行こう』


 物心ついたわたしは、はじめて母に会えるからと喜び勇んで離邸へ行った。アクセサリーやリボンを付けておしゃれして、父に連れられて、飛び跳ねながら。小高い丘を駆け上った。


『おとうさま、はやく、はやく!』


 離邸のリビングのソファに座っていたのは、長くて赤みがかった髪を緩やかに流した、絵本から飛び出したお姫様のように綺麗な人だった。

 白くてキラキラしたドレスをまとった、緑色の大きな目をしたお姫様。

 上品な女性に守られ、見たこともないような豪華なアクセサリーに包まれた。


 ――この人が、わたしのお母様なの?

 素敵!


『お母様!』


 興奮したわたしは母の前へ走り出した。

 ――そのとき。


 わたしを見た母が、『黒い髪……黒い……あぁっ……!』と叫びながらパニックを起こし、焦った父が抱きかかえるようにして母を連れ去ってしまった。


『黒い髪はいけないの? どうして?』と、取り残されたわたしの心は大いに傷ついた。


 わたしは何を期待していたんだろう。


 そのあと――メリディアナ皇国から祖父母が訪ねて来たあたりから、母はわたしを娘ではなく姪と認識したのよね。祖父の髪の毛が白髪の混じった黒だったから?


 そのときの祖父と父の短い会話が頭に引っ掛かっている。

『もうヴィセンテにはあとがないようだ』

『そうですか……』


 ヴィセンテ。


 そうして自分が産んだ子供の存在は母の頭から消えてしまった。母は不都合な物事を頭から消し去る特技を持っているらしい。


 成長したわたしには、母に愛されたいとかそういう気持ちはない。元々メソメソするような性格じゃないし。

 前世で両親に大事にされたという記憶があれば気にならない。

 少女みたいな母と友だちになれればいいや。


「お久しぶりです、ラリサおば様」

「まあっ、いらっしゃい、わたくしの、可愛いお友だち」


 アールグレン屋敷の離邸は本邸から徒歩で十分ほどの、小高い丘にある。

 今日は月一回の母との面会日なのだ。

 なぜかわたしは母の姪ということになっている。

 ソーニャは母の王子様(頭頂部の怪しい父のこと)の遠縁の娘で、クリス叔父様は王子様の弟。そこだけは間違っていない。


 今の母は王子様に恋している、まだ十代の少女らしい――頭の中では。

 今は婚約中で、これから王子様と結婚式を挙げるわけ。結婚式が終わると振り出し(婚約者同士)に戻る。

 そんなことを十何年も繰り返している。


 この世界には心理カウンセラーなんていないから、母のように精神を病んだ人は『頭の病気を持っている』ということで隔離されてしまうのよね。

 劣悪な収容所に入れられないだけ恵まれた環境なのだけど。


「いらっしゃい、レディー・セレーナ、レディー・ソーニャ。お二人のお茶をご用意しますわ。今日のアフタヌーンティーのお供は、バターを抑えたフルーツたっぷりのケーキにメレンゲですのよ」

「いつもありがとうございます、ブランカ夫人」


 母の側にいるブランカ夫人は五十代、母の実家であるメリディアナ皇国のソアレス侯爵家から派遣されている。侍女というよりはレディースコンパニオン。騎士家の出身で、息子は皇国陸軍の軍人だという。

 母の病を知る数少ない人物のひとりだ。どことなくわたしと容貌が似ている。もしかしたらこの人は、わたしの本当の父を知っているのかもしれない。


 聞かないけれど。





 白とピンクのレースカーテン、薄いアイボリーのティーテーブルと椅子、ソファにはプリンセスドール。

 離邸のリビングでくつろぐのはアールグレン家のお姫様である母。

 本日の服装は――何年か前のウェディングドレス。母はウェディングドレスしか着ないから。


「わたくしの王子様は? 今日は、来れないのかしら――寂しい。毎日会いに来てほしい……」


 儚げにうつ向いて嘆く、三十代の少女。

 三十代と思わなければ、会話の内容はわりと普通なのよね。少女たちの何気ない会話だから。母の言葉が少し訛っているのは、いまだにノルデン語に慣れていないからかも。

 メリディアナ皇国出身のブランカ夫人は流暢なノルデン語を話すのだけど。


 ちなみに父は頻繁に離邸に来ます。いつもよりオシャレして、花束を持参して。頭頂部の怪しい四十代のフツオジだけど、それなりに王子様を演じている。

 ウルウルした目で『王子様』なんて呼ばれるから、いい気になっているのかな。

 二人の仲がどういうものなのかは、アールグレン家の七不思議のひとつかも。


 無理して『王子様』を気取る父、心がどこにあるのか分からない母。

 そしてどこの誰の子か分からない自分。

 ――結婚なんかして、いいことがあるの?


「おじ様は用事があるとのことでございます。ここに手紙が……」と、ソーニャがピンク色の手紙を渡した。

「まあっ、王子様から?」

「はい」

「嬉しいわ、わたくしたちの結婚式のことかしら……」


「「……」」


 何回目だよ。





「レディー・セレーナ、レディー・ソーニャ。今回のウェディングドレスのデザインですわ」

 わたしたちはブランカ夫人にデザイン画を見せられた。

 衣装デザインは母の趣味らしい。

 今までのデザインだけでブライダルドレス店を出せるんじゃない?


 手紙を読み終わった母が、夢見るようにわたしに尋ねた。

「セレーナの王子様は、どんな人なの?」


『王子様』というワードで頭に浮かぶのは……。


「ミスター・ミハイロフ」



* * * * * * * * * *

「わたしはラリサとセレーナが幸せになってくれればそれでいい。もし二人が不幸になるようなことがあったら……分かっているな、伯爵」

「もちろん、心得ております」

 何年かぶりにノルデン国を訪れた白髪気味の侯爵が、頭頂部の怪しい伯爵と短い会話を終えた。

 斜め後ろには片目の退役軍人が控えていた。

* * * * * * * * * *

❖両親の結婚がどのような形だったのかは、最後の方で説明します。

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