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断罪された悪役令嬢は、犬猿の仲だった義兄との偽装結婚を全力で楽しむ  作者: 秋月 もみじ


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第8話 見当違いな救済


「強がらなくていい。セシリア、私のもとへ戻ってこい」


 華やかな音楽が流れる大広間の中心で、レオン王太子殿下は芝居がかった手つきで私に手を差し伸べた。

 周囲の貴族たちが息を呑む音が聞こえる。


(……は?)


 あまりの理解不能な言葉に、私は持っていた扇を落としそうになった。

 つい先程まで、国庫の枯渇と帳簿の矛盾を突きつけられて顔を青くしていたはずだ。それがどう脳内で変換されたのか、レオン殿下は悲劇のヒロインを救い出すような甘い声で言葉を続ける。


「分かっている。お前が辺境で石鹸を作り、あのような小難しい数字を管理させられているのは、すべてその野蛮な辺境伯に脅されているからだろう? 可哀想に」

「……」

「今すぐその特産品の権利を王家に引き渡し、私に許しを乞うなら、特別に罪を免じて王宮の財務官として雇ってやろう。ミアもそれを望んでいる」


 レオン殿下の後ろで、ミアが「お許ししますわ、お姉様」と勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 ──この人たち、本気で言っているのだろうか。

 自分たちが使い込んだ国家予算の穴埋めをさせるため、私をタダ働きの奴隷として王宮に連れ戻そうという魂胆が透けて見えすぎていて、もはや怒りよりも呆れが勝った。


「さあ、こちらへ。あの男から離れろ」


 レオン殿下が、強引に私の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。

 その指先が私のドレスの袖に触れる、直前。


 バシッ、と。

 乾いた音が響き、レオン殿下の手が空中で弾かれた。


「──俺の妻に、気安く触れるな」


 冷気を孕んだ、絶対零度の声。

 弾かれた手を庇うように後ずさったレオン殿下の前に、ユリウスが立ちはだかっていた。

 大きな背中。分厚い胸板。彼から発せられる圧倒的な威圧感に、王太子であるはずのレオン殿下が怯えたように肩を震わせる。


「き、貴様っ……! 王太子である私に手を出して、タダで済むと思っているのか! その女は元々私の婚約者だぞ!」

「今は俺の妻だ。そして、彼女を不要だと切り捨てたのはお前だろうが」

「それはっ……!」


 激昂するレオン殿下に対し、ユリウスは腰の剣に手をかけることすらしない。ただ冷ややかに、見下ろしているだけだ。

 私は小さく息を吸い込み、ユリウスの背中の後ろから一歩前へ踏み出した。


「セシリア?」


 振り返ったユリウスの腕に、そっと自分の手を添える。

 庇われるだけの「可哀想な女」でいるつもりはない。私は自らの意志で、彼の隣に並び立った。


「レオン殿下。見当違いな同情はご遠慮願います。私は脅されてなどおりませんし、辺境での生活を誰よりも愛しておりますわ」

「なっ……強がるな! こんな恐ろしい男の隣が良いはずがないだろう!」

「いいえ。旦那様は、私を正当に評価し、大切にしてくださる唯一の方です」


 きっぱりと言い切った瞬間。

 私の手に添えられたユリウスの腕が、ビクンと小さく跳ねた。見上げると、普段は氷のように冷たい彼の瞳が、信じられないほど大きく見開かれ、そして……ひどく優しく、熱を帯びて揺れていた。


「それに殿下」


 私は扇を開き、レオン殿下を冷徹に見据えた。


「私を王宮に召し上げるなどと仰いますが、お忘れですか? 私たちはあの夜、『相互不干渉の誓約書』にサインを交わしております。王家が私に干渉することは、法的に不可能ですわ」

「ぐっ……あれは、その……!」


 ぐうの音も出ない正論。

 周囲の貴族たちも、ついにヒソヒソと王太子を嘲笑するような声を上げ始めている。

 顔を真っ赤にして何かを怒鳴り散らそうとしたレオン殿下を、ミアが慌てて引き留めていた。


「よし、もういい。行こう」


 ユリウスが私の腰を抱き寄せ、騒ぎの中心から私を連れ出す。

 会場の隅のバルコニーへ向かう道すがら、私は彼が「俺の妻」と何度も口にしてくれたことを思い出し、少しだけ胸がチクリと痛んだ。


(……ただの、偽装結婚の契約なのに)

 

 こんなにも彼の隣が心地よいと感じてしまう自分が、少しだけ怖かった。


 バルコニーの入り口に差し掛かった時。

 人混みに紛れるようにして、副官のカイルがすっと私たちの傍に近づいてきた。

 彼は何も言わず、ただ一度だけ、深く頷いてみせた。その懐には、黒い革張りの分厚い手帳の端がわずかに覗いている。


 ──ビンゴだ。

 私とユリウスが表舞台で時間を稼いでいる間に、別動隊が財務大臣の隠し金庫から「裏帳簿」を回収したのだ。


「……終わりの時間だな」


 ユリウスが、夜風に銀糸の髪を揺らしながら低く呟く。

 その言葉の通り、王太子と悪役令嬢の歪な関係に、いよいよ完全な終止符を打つ時が来ていた。

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