第6話 王都への出立と護衛
王都への召喚。
それは、実質的な脅迫だった。
(……足手まといに、なってしまうかもしれない)
数着のドレスをトランクに詰めながら、私は小さく息を吐いた。
レオン殿下が建国祭の祝賀会に私を呼びつけた理由は明白だ。大勢の貴族が集まる公開の場で、辺境の特産品の権利を王家に献上するよう、公的に圧力をかけるつもりなのだ。
もし私が断れば、ユリウスや辺境伯領全体に「王家への反逆」というレッテルを貼られかねない。
「奥様、お荷物の準備はよろしいですか?」
開いたままの扉から、カイルが声をかけてきた。
彼の手には、見慣れない黒い小さな箱が握られている。極めて高価で希少な「通信の魔導具」だ。
「ええ、終わったわ。カイル、王都の様子はどう?」
「それが……少々、滑稽なことになっておりまして」
カイルは生真面目な顔のまま、呆れたように肩をすくめた。
「王都に潜ませている密偵からの定期報告によりますと、現在、王家の国庫は完全に底を突いているそうです。各地の税収計算が崩壊しており、役人への給与の支払いすら遅れている状態だとか」
……なるほど。
だから使者を送り、焦ったように召喚状まで叩きつけてきたのか。
(私が置いてきた内政書類、やっぱり誰も処理できなかったのね)
あの複雑な税制の計算は、前世の実務経験と私自身の魔力による照合システムを組み合わせて構築したものだ。剣術馬鹿のレオン殿下や、頭の中がお花畑のミアに解けるはずがない。
国を傾けるほどの資金難。彼らは今、喉から手が出るほど「金になる新しい利権」が欲しいのだ。
「奥様がご不安に思われることは、何一つありません。連中には、こちらを法的に屈服させるだけの知恵も金も残っていないのですから」
「……ええ、そうね。ありがとう、カイル」
情報の力は偉大だ。
相手の手札が「ただの自転車操業の焦り」だと分かれば、対処のしようはある。
胸につかえていた重い鉛が、すうっと溶けていくのを感じながら、私はトランクの蓋を閉めた。
◇
屋敷の中庭に出た私は、思わず立ち止まって目を瞬かせた。
「……えっと、これは?」
「王都への護衛部隊だ」
ずらりと整列していたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ辺境伯軍の精鋭騎士たちだった。
その数、ざっと五十名。全員が歴戦の猛者であることを示すような、鋭く統率された気配を放っている。
国王のパレード並みの物々しさだ。ただの夜会への出席に出す規模ではない。
「だ、旦那様。いくらなんでも大袈裟ではありませんか? これではまるで、戦争に行くみたいです」
私の言葉に、愛馬の手綱を引いていたユリウスが、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「足りないくらいだ。相手は腐っても王太子。どんな卑劣な手を使ってくるか分からん」
「ですが……」
「いいか、セシリア」
ユリウスが、私の目の前まで歩み寄ってくる。
見上げるほどの高い背。軍服越しの広い肩幅が、朝の光を遮って私に影を落とした。
「お前は俺の妻だ。誰かにへりくだる必要も、顔色を窺う必要もない」
ぶっきらぼうな、少し怒っているような低い声。
けれど、私を見つめる氷色の瞳には、有無を言わさぬ絶対的な肯定が宿っていた。
「連中が何か吠えてきたら、好きなように言い返してやれ。後始末はすべて、俺がしてやる。……勝手に潰されるな」
「……っ」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
偽装結婚の契約。私はただの居候のはずなのに。
どうしてこの人は、こんなにも不器用で、こんなにも過保護な言葉をくれるのだろう。
「……はい。行ってまいります、旦那様」
少しだけ潤んでしまった目を隠すように、私は深くカーテシーをした。
ユリウスにエスコートされ、馬車へ乗り込む。
彼の大きな手が私の手を取った時の、少しだけ力強い感触が、いつまでも手のひらに残っていた。
◇
数日後。
王都に構えられた辺境伯家の別邸に到着した私は、窓から遠くそびえる王宮を見上げていた。
明日はいよいよ、建国祭の祝賀会。
私がすべてを奪われ、追い出されたあの夜から、まだ数ヶ月しか経っていない。
だが、今の私は孤独な悪役令嬢ではない。王国最強の武力と、揺るぎない財力、そして何より、あの不器用な旦那様の後ろ盾がある。
(──さあ、事後処理の続きを始めましょうか)
王宮の尖塔を睨みつけながら、私は静かに扇を広げた。




