表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢は、犬猿の仲だった義兄との偽装結婚を全力で楽しむ  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話 特産品と過保護な手当


「奥様、信じられません! 王都からの追加発注が止まりませんよ!」


 興奮で顔を紅潮させた商会長が、分厚い注文書の束を机にドンと置いた。

 石鹸の試作品を完成させてから数週間。

 辺境特産のハーブを用いた美容石鹸は、私の予想を遥かに超える速度で王都の貴族女性たちの心を射止めていた。


「素晴らしいわ。生産体制の拡充は間に合いそう?」

「はい! 奥様が考案された分業制のおかげで、村の者たちも効率よく働けております。今年の辺境の税収は、過去最高を記録するでしょう!」


 ホクホク顔の商会長を見送り、私は小さくガッツポーズをした。


(よしっ。これでまた一つ、私の居場所が確固たるものになったわ)


 私がただの「居候の悪役令嬢」ではないと証明するための、確かな実績。

 気分を良くした私は、その足で新設された石鹸工房の視察へと向かった。


 木とハーブの香りが立ち込める工房内は、活気に満ちていた。

 村の女性たちが手際よく石鹸を切り分け、木箱に詰めている。


「セシリア様! 見てください、こんなに綺麗に固まりました!」

「本当、とても上手ね。……あ、そこの荷車、少し紐が緩んでいるわ」


 崩れそうになっていた木箱の山に気づき、私は慌てて駆け寄った。

 荷崩れを防ごうと手を伸ばした、その時。


「きゃっ」


 足元の少し浮いた床板につまずき、前のめりに転倒してしまった。

 ガシャンと音を立てて崩れる空の木箱。

 咄嗟に庇った足首に、鋭い痛みが走る。


「奥様!」

「大変だ、お怪我を……血が出ている!」


 周囲の職人たちが青ざめて駆け寄ってくる。

 見れば、ドレスの裾から覗く足首の皮膚が擦りむけ、じわりと血が滲んでいた。


(……痛っ。でも、ただの擦り傷ね)


「大丈夫よ、大騒ぎするほどの怪我じゃ……」


 私が笑って立ち上がろうとした、まさにその瞬間だった。


 バンッ!!


 工房の重い扉が、蹴破られるような勢いで開いた。


「……セシリアッ!!」


 そこに立っていたのは、軍服の裾を乱し、肩で息をするユリウスだった。

 銀の髪は乱れ、氷のような瞳が信じられないほど見開かれている。普段の冷徹な彼からは想像もつかない、取り乱した姿だった。


「旦那様? どうしてここに……」

「動くな」


 ユリウスは足早に近づいてくると、周囲の職人たちを鋭い視線で払いのけた。

 そして。

 迷うことなく冷たい土間の床に片膝をつき、私の足を、自分の腿の上に乗せたのだ。


「えっ……!? だ、旦那様、何を! 服が汚れてしまいます!」

「黙っていろ」


 低い、ドスの効いた声。怒っている。

 貴重な商品開発者に怪我をさせたことで、私にも職人たちにも腹を立てているのだろうか。


 そう思って身を縮めたが──傷口に触れる彼の手つきは、ひどく震えていた。

 大きな手のひらが、痛みを避けるように、赤子に触れるような優しさで私のふくらはぎを支える。

 懐から取り出した高級な治癒ポーションを、一切の躊躇なく擦り傷に振りかけた。


「……っ」

「痛むか?」

「い、いえ。ポーションのおかげで、もう傷は塞がりました。ですから、その……足を下ろさせてください」


 顔から火が出そうだった。

 大勢の職人たちが見ている前で、辺境伯本人が地べたに膝をつき、妻の足を自分の腿に乗せて手当てをしているのだ。


「……次からは、危ない真似はするな。護衛の手を借りろ」

「はい……」


 ようやく足を解放してくれたユリウスは、小さくため息をつき、私の乱れた髪を無言で撫でた。

 その体温の熱さに、心臓がまた一つ、大きく跳ねる。

 ……絶対に、嫌がらせなんかじゃない。この甘さは、何なのだろう。


 ◇


 一方、王都の執務室。


「……金が足りないだと?」


 レオンは、震える財務官の報告に目を剥いた。


「はい。殿下が先月承認された『ミア様のための新たな温室建設』や『直轄領の大規模なパレード』の予算が国庫を圧迫しておりまして……」

「馬鹿な! 税収は十分にあるはずだろう!」

「それが、セシリア様がいなくなられてから税の取り立てが機能しておらず……各地の領主からの納金が滞っております」


 レオンは苛立ちに任せて机を蹴り上げた。

 どういうことだ。あんな女がいなくても、国は回るはずだったのに。


「レオン様……」


 涙ぐみながら、ミアがすり寄ってくる。

 彼女の手には、王都の貴族女性の間で大流行している、高価な美容石鹸が握られていた。


「この石鹸、とてもお肌に良いのです。でも、辺境伯領からの輸入品だからと、商会がひどく高い値段をつけて売りつけてくるのですよ」

「なんだと? 辺境の品物が、それほどの利益を出しているというのか」

「ええ。それに辺境は元々、王国の領地。そこで作られたものの利益は、本来すべて王家──レオン様のものになるべきではありませんか?」


 ミアの甘い囁きに、レオンの表情がパッと明るくなった。


「その通りだ。辺境伯風情が、王家を差し置いて私腹を肥やすなど許されない。すぐに使者を送れ! 特産品の権利を王家に引き渡すよう、命令してやる!」


 王都から辺境へ。

 身勝手な欲望を乗せた使者の馬車が、不穏な足音を立てて出発しようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ