表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘違いで断罪されたので、今度は私が王国を勘違いさせます  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

第8話 護衛と告白未遂

セバスチャンの屋敷は、王都の外れにあった。


高い塀に囲まれた、瀟洒な館。表通りからは見えない位置にあり、門には護衛が立っている。第二王子の隠れ家として、完璧な造りだった。


「こちらのお部屋をお使いください」


案内されたのは、二階の角部屋だった。窓からは庭園が見える。安宿とは比べ物にならない広さと、上質な調度品。


「……落ち着かないわね」


隣のリディアが呟いた。


「私もです」


二人で顔を見合わせて、苦笑した。


昨夜は馬車で移動し、深夜にここへ着いた。セバスチャンは「今夜は休め」とだけ言って、自室に引っ込んでしまった。


「お嬢様、本当によろしいのですか?」


「何が?」


「第二王子殿下のお屋敷に、こうして……その、匿っていただいて」


リディアの声には、不安が滲んでいた。


「選択の余地がなかったのよ。侯爵夫人の手下に見つかるよりはマシだわ」


「それは、そうですけど……」


彼女は言葉を濁した。言いたいことはわかる。王弟の屋敷に滞在することは、様々な意味で危うい。政治的にも、そして——


「変な噂が立つ、と言いたいの?」


「お嬢様……」


「大丈夫よ。どうせ私は『断罪された悪役令嬢』ですもの。今さら噂が増えたところで、大差ないわ」


軽く言ってみせたが、内心では私も複雑だった。


セバスチャンと同じ屋根の下。彼の領域に入り込んでしまった。それが何を意味するのか——考えないようにしていた。


昼過ぎ、セバスチャンが部屋を訪れた。


「体調はどうだ」


「問題ありません。それより——」


「ああ、本題だな」


彼は椅子を引き寄せ、私の向かいに座った。リディアは気を利かせて、部屋を出ていった。


「カール子爵が落ちた」


私は目を見開いた。


「落ちた?」


「侯爵夫人を裏切った、という意味だ」


セバスチャンは淡々と説明した。


「第四号の影響で、侯爵夫人への風当たりが強くなっている。国王が調査を命じるという噂も広まった。それを聞いたカール子爵が、保身に走った」


「保身?」


「俺の元に来たんだ。『改竄の証拠を渡す代わりに、減刑してほしい』とな」


私は息を呑んだ。


「証拠を——手に入れたんですか」


「ああ」


セバスチャンは懐から、封筒を取り出した。


「断罪記録の原本と、改竄前の下書き。そして、カール子爵の自白書だ」


封筒を受け取る手が、震えた。


中を確認する。確かに、そこには——私の断罪が「仕組まれたもの」だったという証拠が、詰まっていた。


「これで、裁判を起こせる」


セバスチャンの声が聞こえた。


「君の断罪が不当だったと、公式に認めさせることができる」


目の奥が熱くなった。


一ヶ月以上、戦ってきた。情報を集め、記事を書き、少しずつ敵を追い詰めてきた。そして今——手元に、決定的な証拠がある。


「……ありがとう、ございます」


声が震えた。


「礼を言われることじゃない。君が撒いた種が、実を結んだだけだ」


セバスチャンは立ち上がった。


「侯爵夫人は追い詰められている。だからこそ、危険も増す。今後の動きについて、夜に話そう」


「はい」


彼が部屋を出ていった後も、私は封筒を握りしめたまま動けなかった。


夕刻、セバスチャンが再び現れた。今度は、護衛隊長のグレンという男を伴っている。


「護衛の配置を変える」


「変える?」


「侯爵夫人が本気で動いている以上、今の体制では不十分だ」


セバスチャンはグレンに目配せした。


「殿下の護衛を半数、こちらに回します」


私は眉をひそめた。


「それでは、セバスチャンの護衛が手薄になるのでは?」


「俺は屋敷にいる。問題ない」


「でも——」


「これは決定事項だ」


彼の声は、有無を言わせなかった。


グレンが退出した後、私はセバスチャンを睨んだ。


「自分の安全を削って、私を守るつもりですか」


「そう聞こえたか」


「そう聞こえました」


「なら、そうなんだろう」


彼は窓辺に立ち、外を見た。


「利害の問題だと言っただろう。君が死んだら、俺の計画が頓挫する」


「嘘ですね」


「……何?」


「あなたの行動は、『利害』だけでは説明できません」


私は立ち上がり、彼の隣に歩み寄った。


「護衛を半分も回す必要はないはずです。私一人を守るために、第二王子殿下が危険を冒す理由がどこにありますか」


セバスチャンは答えなかった。


窓の外では、夕陽が沈みかけていた。庭園の木々が、茜色に染まっている。


「……聞いてもいいですか」


「何を」


「なぜ、そこまでするんですか」


沈黙が落ちた。


蝋燭に火を灯す使用人の気配が、廊下から聞こえた。それが遠ざかり、静寂が戻る。


「……わからない」


セバスチャンの声は、低かった。


「自分でも、わからないんだ」


「また、それですか」


「本当のことだ」


彼は振り返った。


夕陽を背にした彼の顔は、逆光で表情が読めない。でも、その目だけが——妙に、熱を帯びているように見えた。


「最初は利害だった。君を使えば、兄の過ちを正せる。俺にとって都合がいい。それだけだった」


「今は?」


「今は——」


彼は言葉を切った。


一歩、近づいてきた。私は後退しない。


「君が倒れていたら、放っておけなかった。君が危険だと聞いたら、居ても立ってもいられなかった。君が他の男と話しているのを見たら——」


「レオナルドのこと?」


「……ああ」


彼の声が、掠れた。


「胸が、妙にざわついた。自分でも意味がわからなかった。でも——」


「でも?」


「君が死んだら、と考えた時——」


セバスチャンは、私の目をまっすぐに見た。


「俺は、耐えられない」


心臓が、大きく跳ねた。


「君が死んだら、誰が俺と——」


その時、扉が叩かれた。


「殿下、緊急のご報告が」


グレンの声だった。


セバスチャンは——一瞬、苛立たしげに目を閉じた。そして、仮面のような表情を取り戻す。


「入れ」


扉が開き、グレンが入ってきた。手には、封蝋のされた書状がある。


「王立裁判所より、招集状が届きました」


セバスチャンが書状を受け取り、封を切った。内容を読み、眉を上げる。


「……来たか」


「何ですか?」


彼は書状を私に渡した。


『フローレンス伯爵家息女ヴィオレッタ・フローレンス殿。名誉回復申し立ての件につき、五日後の午前、王立裁判所大法廷への出頭を命ず。なお、本件は公開裁判として執り行われる——』


公開裁判。


つまり、社交界の面々が傍聴する中で、私の断罪が正当だったかどうかが審議される。


「カール子爵の証拠が効いたな」


セバスチャンの声が聞こえた。


「裁判所も動かざるを得なくなった。——これは、君の勝利だ」


私は書状を見つめた。


五日後。公開裁判。


ついに——決着の時が来る。


「セバスチャン」


「何だ」


「さっきの話——」


「忘れろ」


彼は踵を返した。


「今は裁判の準備が優先だ。俺の戯言に構っている暇はない」


「戯言なんかじゃ——」


「ヴィオレッタ」


彼は扉の前で足を止めた。振り返らない。


「裁判が終わったら——話す。今は、待ってくれ」


それだけ言って、彼は出ていった。


一人になった部屋で、私は窓辺に立った。


夜の庭園が、月明かりに照らされている。


「君が死んだら、誰が俺と——」


彼は、何を言おうとしたのだろう。


胸が、締め付けられるように痛い。同時に、どこか温かい。


「……馬鹿」


呟いて、招集状を握りしめた。


考えている場合じゃない。五日後には、裁判がある。聖女と侯爵夫人を相手に、公開の場で戦わなければならない。


でも——


「裁判が終わったら」


彼はそう言った。


なら、待とう。勝って、生き延びて——その時に、ちゃんと聞こう。


「君が死んだら、誰が俺と——」


その続きを。


窓の外で、月が静かに輝いていた。


五日後、全てが決まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ