第24話 継承者の選択
オズワルドの手が懐から取り出したのは、小さな笛だった。
甲高い音が会場に響く。次の瞬間、大広間の扉が蹴破られ、武装した男たちが雪崩れ込んできた。
「ハワードの残党だ!」
誰かが叫んだ。会場が悲鳴と怒号で満たされる。
けれど——男たちは、十歩も進めなかった。
「動くな」
扉の向こうから、別の集団が現れた。王国軍の正規兵だ。彼らは瞬く間に武装した男たちを取り囲み、制圧した。
「……馬鹿な」
オズワルドの顔から、血の気が引いていく。
「計画は……筒抜けだったということか」
「そうだ」
セバスチャンが私の手を握ったまま、立ち上がった。
「お前の側近が情報を流していた。我々は全て把握していた」
オズワルドは笑った。乾いた、壊れたような笑い声だった。
「……姉上。私は、結局——」
護衛たちがオズワルドを取り囲んだ。彼は抵抗しなかった。ただ、虚ろな目で天井を見上げていた。
「オズワルド・マリアンヌ。反逆罪により拘束する」
護衛の声が響き、オズワルドは連行されていった。その背中が大広間の扉の向こうに消えるまで、私は目を離さなかった。
夕刻、玉座の間で正式な場が設けられた。
国王陛下が玉座に座り、王妃陛下がその隣に控えている。私たちは——セバスチャンと私、そしてエドワードが、陛下の前に立っていた。
「エドワード」
国王陛下の声が響いた。
「申し開きがあるなら、聞こう」
エドワードは膝をついた。その背中が、小さく見えた。
「……申し開きなど、ございません」
声が震えている。
「私は——オズワルドの誘いに乗りました。王位への未練から、弟を陥れようとしました。弁解の余地はございません」
沈黙が落ちた。国王陛下の目が、静かにエドワードを見つめている。
「私は——王位継承権を、放棄いたします」
会場がざわめいた。
「自ら放棄するのか」
「はい。私には——王たる資格がございません。それは、今日の件で明らかになりました」
エドワードは顔を上げた。その目には、涙が浮かんでいた。
「セバスチャン」
弟の名を呼ぶ。
「私は——お前を妬んでいた。優秀な弟が、疎ましかった。けれど——」
彼の声が詰まった。
「お前は、正しい王になれる。私にはできないことだ。だから——頼む。この国を」
セバスチャンは黙っていた。その目が、複雑な光を帯びている。
「……分かった」
短い言葉だった。けれど、その中に全てが込められていた。
国王陛下が立ち上がった。
「エドワードの継承権放棄を認める。そして——セバスチャンを、正式に王太子とする」
玉座の間が、静かなどよめきに包まれた。
式典の後、国王陛下が私たちを呼び止めた。
「セバスチャン。そして、ヴィオレッタ嬢」
陛下の目が、穏やかな光を帯びていた。
「今回の件——二人の働きがなければ、王国は大きな混乱に陥るところだった。礼を言う」
私は頭を下げた。
「もったいないお言葉です」
「いや」
陛下は首を振った。
「ヴィオレッタ嬢。君はかつて、不当な断罪を受けた。その時、王家は君を守れなかった。それを——詫びたい」
私は顔を上げた。国王陛下が、頭を下げている。王が、一人の令嬢に。
「陛下……」
「君は自らの力で名誉を回復し、今また王国を救った。君のような者が息子の傍にいてくれることを、私は嬉しく思う」
夜、月明かりの庭園を歩いた。
式典の喧騒が嘘のように、庭園は静かだった。噴水の水音だけが響いている。
「長い一日だったな」
セバスチャンが言った。私は頷いた。
「ええ。でも——終わりましたね」
「ああ。終わった」
彼は立ち止まり、私の方を向いた。月明かりが、その銀色の髪を照らしている。
「俺は——王太子になった」
「はい」
「つまり、君は——王太子妃になる」
私の心臓が跳ねた。分かっていたことだ。けれど、改めて言葉にされると、違う。
「……そうなりますね」
「覚悟はあるか」
セバスチャンの目が、真っ直ぐに私を見ている。
「王太子妃は、婚約者とは違う。責任も、重圧も、比べものにならない。君は——」
「殿下」
私は彼の言葉を遮った。
「私は、貴方の共犯者です」
彼の目が、わずかに見開かれた。
「最初からそう約束しました。対等な共犯者として、隣を歩くと。それは——王太子妃になっても、変わりません」
私は一歩、彼に近づいた。
「貴方の隣なら、どんな重圧も引き受けます。だから——」
言葉が続かなかった。彼の手が伸び、私の頬に触れたからだ。
「……ありがとう」
セバスチャンの声が、低く響いた。
「君がいてくれて——本当に、よかった」
彼の顔が近づく。月明かりの中で、唇が触れた。柔らかく、温かく。
長い口づけだった。
「殿下」
唇が離れた後、リディアの声が聞こえた。私たちは慌てて距離を取った。
「何だ」
セバスチャンの声が、少し不機嫌だ。リディアは気まずそうに咳払いをした。
「申し訳ございません。ですが——緊急の知らせが」
「知らせ?」
「北方から、早馬が到着しました。辺境で——不穏な動きがあるそうです」
私はセバスチャンと顔を見合わせた。
「北方……」
第1章の終わりに、アメリアが言っていたことを思い出す。北方辺境で奇妙な事件が起きていると。
「詳しく聞こう」
セバスチャンが歩き出す。私もその隣に並んだ。
一つの戦いが終わり、また新たな波が押し寄せようとしている。けれど——
私は隣を歩く人の横顔を見た。
もう、一人ではない。
「行きましょう、殿下」
「ああ」
月明かりの中、私たちは並んで歩き出した。
王太子と、王太子妃として。対等な共犯者として。
新しい物語が、始まろうとしていた。
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