第22話 最後の手札
御前会議から三日が経った。
ハワード侯爵は自邸に軟禁され、調査が進んでいる。軍の要職からは侯爵派の将校が次々と外され、正常化が図られていた。
表向きは、平穏が戻りつつあった。
けれど私は、あの日から落ち着かない気持ちを抱えていた。オズワルドの微笑み。あの沈黙。何かが引っかかり続けている。
「お嬢様」
編集部屋で資料を整理していると、リディアが入ってきた。その顔が強張っている。
「どうしたの」
「少し——外を歩きませんか」
彼女の目が、何かを訴えていた。ここでは話せない、と。
私は頷き、立ち上がった。
王宮の庭園の片隅。人目を避けた東屋で、リディアが声を落とした。
「緊急の情報が入りました。アメリアの情報網からです」
「何があったの」
「オズワルド様が——動いています」
私は息を呑んだ。
「クーデターを計画しているそうです。戴冠記念日に、エドワード殿下を新たな王として宣言する、と」
戴冠記念日。三日後だ。国王陛下の戴冠を祝う式典が行われる日。王宮に全ての貴族が集まる日。
「エドワード殿下は」
「……加担しているそうです」
リディアの声が重い。
「殿下は最初、オズワルド様の誘いを断っていたようです。けれど、ハワード侯爵の失脚を見て——考えを変えたと」
ハワード侯爵。エドワードの教育係だった男。彼の失脚が、エドワードの背中を押したのか。
「情報の出所は確かなの」
「はい。オズワルド様の側近の一人が、密かに情報を流しているそうです。良心の呵責から、と」
私は東屋の柱に手をついた。頭の中で、情報を整理する。
オズワルドは最初から、ハワード侯爵を切り捨てるつもりだったのかもしれない。侯爵が失脚しても、本命の計画には影響しない。むしろ、私たちの注意をそちらに向けさせる陽動だった可能性すらある。
「お嬢様」
リディアが私の腕に触れた。
「急いで殿下にお知らせしなければ」
セバスチャンの執務室に駆け込んだ時、彼は窓辺に立っていた。
「来たか」
振り返った彼の目は、既に何かを覚悟した色をしていた。
「……知っていたのですか」
「さっき、別の筋から報告があった。君の情報網の方が早かったようだが」
彼は机に歩み寄り、一枚の紙を示した。
「戴冠記念日。式典の最中に、オズワルドがエドワード兄上を王として宣言する。軍の一部——ハワードの残党だろう——が呼応して、王宮を制圧する手はずらしい」
私は紙を見つめた。計画の概要が、簡潔に記されている。
「止められますか」
「止めなければならない」
セバスチャンの声が硬い。
「だが——」
彼は言葉を切った。その目に、苦しみの色が浮かぶ。
「兄上と、対決することになる」
私は黙って聞いていた。
「兄上は——愚かな人だ。意志が弱く、他人に流されやすい。聖女の件でも、オズワルドの件でも、自分で考えることを放棄している」
彼の手が、机の上で握りしめられた。
「けれど、憎めない。昔は——俺を可愛がってくれた時期もあった。弟として、慕っていた時期も」
私は彼の傍に歩み寄った。
「殿下」
「分かっている。私情を挟む場面ではない。兄上が敵に回るなら、止めなければならない」
彼は顔を上げた。その目に、覚悟の光があった。
「父上には報告した。戴冠記念日の警備を強化し、オズワルドを監視する手配も進めている。だが——」
「だが?」
「表立って動けば、向こうも計画を前倒しする可能性がある。だから、式典の場で阻止するしかない」
式典の最中に。全ての貴族が見守る中で。
「危険ですね」
「ああ」
セバスチャンは私を見た。
「君は——式典には出なくていい」
「何を言っているのですか」
私は彼の目を真っ直ぐに見返した。
「私も行きます」
「危険だ」
「知っています」
「君が傷つくかもしれない」
「それでも」
私は一歩、彼に近づいた。
「私は殿下の共犯者です。最初から、そう約束したはずです」
セバスチャンは黙った。その目が揺れている。
「一人で戦わせません。殿下が兄君と対決するなら、私も隣にいます」
沈黙が落ちた。長い、長い沈黙。
やがて、セバスチャンが小さく笑った。苦笑のような、けれどどこか温かい笑み。
「……本当に、君は」
「何ですか」
「強情だ」
彼の手が伸び、私の頬に触れた。
「共犯者、か」
「ええ。最後まで」
セバスチャンは頷いた。
「分かった。一緒に行こう」
窓の外では、日が傾き始めていた。三日後の戴冠記念日。その日が、全ての決着の時になる。
「オズワルドを止める。兄上を止める。そして——」
セバスチャンは窓の外を見つめた。
「この国を、守る」




