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勘違いで断罪されたので、今度は私が王国を勘違いさせます  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第14話 親切という名の罠

王宮生活三日目の朝、イザベラから誘いがあった。


「お茶会の作法、もう少し詳しくお教えしましょうか。王宮には独自のしきたりがございますの」


渡りに船だった。一昨日の茶会では何とか乗り切ったものの、周囲の令嬢たちと比べて自分の所作がぎこちないことは自覚していた。貴族の教育は受けているが、王宮の作法はまた別物らしい。


「ぜひお願いいたします」


私が頭を下げると、イザベラは満足げに微笑んだ。


庭園の東屋で、イザベラの指導が始まった。


「王妃様の前でお茶をいただく際は、カップを両手で持つのが礼儀ですわ」

「両手、ですか」

「ええ。片手で持つのは親しい間柄でのみ許される略式ですの。公式の場では必ず両手で」


私は素直に頷いた。確かに、一般的な作法とは異なる。けれど王宮には王宮のやり方があるのだろう。


「それから、お菓子をいただく順番ですけれど」


イザベラは丁寧に教えてくれた。焼き菓子から先に、生菓子は後。フォークは外側から使う。ナプキンは膝の上に広げたまま、決して口元を拭かない。


「覚えることが多いですわね。でもご安心を。すぐに慣れますわ」


午後の茶会は、王妃陛下の私的な集まりだった。


出席者は十名ほど。王妃と親しい貴婦人たちに加え、若い令嬢も数名いる。私は末席に控え、教わった通りの作法を心がけた。


カップを両手で持つ。焼き菓子を先に取る。フォークは外側から。


けれど——何かがおかしい。


周囲の令嬢たちは、誰もカップを両手で持っていなかった。優雅に片手で持ち上げ、静かに口をつけている。焼き菓子より先に生菓子に手を伸ばす者もいる。


私だけが、違う動きをしている。


気づいた時にはもう遅かった。隣の令嬢が、私のカップを持つ手を見て小さく笑った。向かいの貴婦人が眉を上げる。囁き声が聞こえた。


「まあ、あの持ち方……」

「田舎の作法かしら」

「王宮のことをご存じないのね」


頬が熱くなる。けれど今さらカップの持ち方を変えるわけにもいかない。それこそ、自分の間違いを認めることになる。


私は何食わぬ顔で茶会を乗り切った。笑顔を崩さず、会話に加わり、最後まで両手でカップを持ち続けた。


王妃陛下だけが、何も言わずに私を見ていた。その目に、憐れみがあったかどうかは分からない。


部屋に戻ると、リディアが待っていた。


「お嬢様、お疲れ様でした。……何かありましたか」


私の表情を見て、すぐに察したらしい。私は力なく椅子に座った。


「茶会で恥をかいたわ。作法を間違えた」

「作法、ですか」

「イザベラ様に教えていただいたの。でも、他の方々と全然違っていて」


リディアの眉がわずかに動いた。


「お嬢様。実は、少し気になることがございまして」

「何?」

「先ほど、王宮の古参侍女に作法について尋ねてみたのです。カップは片手で持つのが正式、焼き菓子と生菓子に順番の決まりはない、と」


私は黙った。


「イザベラ様がお教えになった作法は、どれも……その、正式なものとは異なるようです」


意図的だったのか。それとも単なる勘違いか。判断がつかない。


扉が叩かれた。


「俺だ」


セバスチャンの声だった。私は慌てて姿勢を正す。


「どうぞ」


彼は入ってくるなり、私の顔を見た。何かを言いかけて、やめた。代わりに隣の椅子に座り、黙ってそこにいた。


「……何も訊かないのですか」

「訊いてほしいのか」

「いいえ」


本当は訊いてほしくなかった。今日の失態を言葉にしたくなかった。


セバスチャンは何も言わなかった。ただ隣にいて、窓の外を眺めていた。沈黙は重くない。責められている気もしない。


「……ありがとうございます」

「何がだ」

「何も訊かないでくれて」


彼は少しだけ口の端を上げた。


「俺に話したくなったら話せ。それまでは待つ」


夕食後、私は自室の机に向かった。


王宮の作法について記された書物を広げる。リディアが古参侍女から借りてきてくれたものだ。


読み進めるほど、確信が深まった。イザベラが教えた作法は、どれも微妙に間違っている。完全な嘘ではない。一般的な作法を少しだけずらした、巧妙な罠だ。


なぜ。


私を陥れて、何の得があるのだろう。侍女長という地位を考えれば、第二王子の婚約者に恩を売る方が利口なはずだ。


分からない。けれど、一つだけ決めたことがある。


セバスチャンには相談しない。


彼に頼れば解決は早いだろう。王宮での彼の影響力を使えば、イザベラの真意も調べられる。でも、それでは意味がない。


私はこの場所で、自分の力で立たなければならない。


「お嬢様」


リディアが戻ってきた。その表情がわずかに硬い。


「どうしたの」

「先ほど、イザベラ様の侍女が私に話しかけてまいりました」

「イザベラ様の?」

「ええ。お嬢様のご様子を尋ねられました。王宮での暮らしには慣れましたか、お困りのことはありませんか、と」


親切な気遣い——のはずだ。けれどリディアの声には警戒の色がある。


「それだけ?」

「表向きは。ですが、どこか……探るような口調でした。お嬢様が何を考えていらっしゃるか、誰と会っているか、知りたがっているように感じました」


私は窓の外を見た。月明かりが庭園を照らしている。


イザベラ・ウィンター。王妃付き侍女長。完璧な笑顔と、目に届かない微笑み。


彼女が何を企んでいるのか、まだ分からない。けれど、一つだけ確かなことがある。


あの女は、味方ではない。

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