07:飛びます飛びます
痛々しい描写があります。
馬ちゃんたちは繋がれていて逃げられない。群がったハイエナっぽい獣が次々、脚や首、胴体に噛みついた。
またも痛ましい嘶きが挙がる。
一頭が引き倒された。
もう一頭からは黒い飛沫が飛んだ。夜だから黒く見えるけどそれは――。
あ…………。
――いや違う。逃げなきゃ。
自然は弱肉強食で、食べるものと食べられるモノとに分類されて。
あたしだってこの世界じゃ食べられる側だ。強い権力に捻じ伏せられたからここにいる。
自分の事で精一杯、で。
そんなあたしにできる事は、今のうちに逃げるだけで……。
もう一度、二頭からの嘶き。
置いて行こうとした時の、途方にくれた二対の目が脳裏をよぎる――。
「っ!」
逃げなきゃと思ったクセに、体が勝手に動いた。
全力で走って、馬の首にかぶりついていたハイエナモドキに体当たりすると。
ソイツは吹っ飛んでいった。
あの御者モドキみたいに。
これ――これ!
多分だけど、ギフトの力!
首を齧られた馬と地面に引き倒されたもう一頭の間に立ち、あの時を思い出しながら叫ぶ。
「吹っ飛べコンニャロぉおお!!!」
魔力がゴッソリ抜ける感覚と共に、不可視の壁が一瞬で風船のように膨張して、ハイエナモドキたちはこぞって吹っ飛んだ。
ポップコーンが弾けたみたいに、四方八方に打ち上げられ、夜空に消えていく。
「…………」
戻ったのは、静寂。
あと、あたしと馬ちゃんたちの息遣い。
見れば、二頭とも首や脚、胴体から血を流している。
一頭は後ろ脚の骨が見えてたし、もう一頭は胴体から内蔵が覗きかけていた。
ヒッとしゃくりあげる声を飲み込み、あたしは慌てて荷袋から瓶を取り出す。魔導具屋で、念の為にと買っておいたポーションだ。
手持ちでは四肢欠損をも治すという上級ポーションは買えなくて、中級ポーションが数本、あとは下級ポーション数本しか入手できなかったが……。
そのうちの中級ポーション二本をそれぞれに振りかけると、淡い光が二頭を包む。
内蔵が覗きかけていた部分はみるみる肉が盛り上がる。
骨が見えていた脚もまた、皮膚が再生されて元通りになった。
血がこびりついたままだけど、二頭は元気に首を振ったりブルルと鼻を鳴らしている。
効いたぜ……とっつぁん……。
魔導具屋の口は悪いが色々商品を見立ててくれたおっちゃんに心の中で礼を言いながら、ヨロヨロと馬ちゃんたちの手綱を解く。
そこで、限界がきた。
ギフトをフルパワーで展開すると、魔法を使ったのと同じに魔力を消費するのね。
と教訓を得たところで。
バタリとその場に倒れ、意識が暗転したのだった。
✵✵✵
…………
………
――おはようございます。
寝ぼけまなこに朝の光が眩しいですね。
無事に目覚める事が叶いました、サク・マナベです。
魔力枯渇は危ねーよ、命に関わる事もあるよとメタ知識を持っていたのにやらかしましたね。生きてるので無問題でしょう。
実は天国とかあの世とかのオチもないと思うよ。
足元に流れてきて染み込む液体の生温かさは、生身でないと感じられないものだと思う。
馬ちゃんたちも生きてるという証だ。良い事だよ、うん……。
生活魔法で足元の生温かさと汚れを取り払いながら身を起こすと、馬ちゃん二頭が気付いて鼻面を擦り寄せてきた。
逃げなかったのね、君たち。せっかく手綱を解いたのに。
てか寧ろ、ぶっ倒れてたあたしの左右を阿吽像の如く固めてる。
もしや無防備なあたしを守ろうとしてくれてたんだろうか、と考えつつ、二頭を撫でた。
「ありがとね」
やさしいこたち。この世界に来て初めてほっこりしたよ。
見捨てて逃げないで良かった。……いや、助けようと思った訳じゃないんだけど。体が勝手にね……。
さて、と立ち上がる。
ぐっすり朝まで休めた事からして、御者モドキもハイエナモドキも再度襲っては来なかったようだ。
周囲を囲んで様子を窺ってもいない。吹っ飛ばした後どこに行ったんだろう、という謎は残るけども……。
分からんものは考えてもしょうがないね。それより、と地図を取り出す。
うーん、あんなハイエナモドキが集団でいるなら、もっと強いのとか規模の大きな魔物の群れもいておかしくない。
なんせ『魔の山』だし。
隣国へ行くのに迂回できるルートがあればと思ったけど、やっぱり山に入るしかない感じだ。
腹を括るしかないかぁ。
山を越えるまで完全サバイバルだし、魔物に出くわして怖い思いもするだろうけど、昨日よりかは今後への展望が期待できる。
パーソナルエリアのギフト、有用説。
襲撃者を人や獣問わず、あんな風に吹っ飛ばせる。或いはスルーさせる力があるなら、本当になんとかなるかもしれない。
生活魔法もある。食料だけは心配だけど……王都でストレージバッグの容量ギリギリまで買い込んで来た。
不安を挙げたらキリがないんだよね。でも、この国に留まればまた御者モドキみたいな暗殺者が来るかもだし。
「お前たちは街にお戻り。ここにいると危ないからね」
馬ちゃんたちを交互に撫でて、遠くに聳える山と正面に広がる森を見る。
よし、行こう。
あたしは改めて足を踏み出した。




