06:一難去って
なんで。
無関係な相手に刃物を向けられている――即ち命を狙われた事実に、頭が真っ白になる。
反面、僅かに残っている冷静な思考が「無関係ではない」とも理解していて……。
「…………王太子の命令?」
口が自然に問いを放つ。
御者の表情は暗い上にフードで隠れて分からない。が、訝しげに首を傾げたのは見えた。
「知らんよ。オレが言われたのは『魔の山』行きの偽馬車を用意するから、そこに乗り込んだ奴を麓の森まで運んで殺せって事だけだ」
その台詞に顔が歪みそうになった。
乗り合い馬車は二頭立て。そうじゃないのはモグリで、料金もボッタくられる。もしくは野盗崩れなので気をつけろとも、魔導具屋のおっちゃんから聞いていた。
だから安心していたが、それぐらいの情報は集めると踏んで本物っぽい馬車を用意した訳?
……あたし一人に手の込んだ事をするものだ。
舌打ちしたいのを堪え、努めて平常心を保ちながら再び問う。
「『誰が』そう言ったの?」
「さあ? 身なりは平民風だったが、ありゃ貴族か貴族の召使いじゃねえの? 言葉遣いやら仕草やら、オレら庶民とは違ったしな。アンタが王太子の仕業って言うなら、そうなんじゃねえか? 一体何をして暗殺対象にされたんだ、坊主?」
坊主じゃねえし何もしてねえわ!!
寧ろされたのはこっちだわ!
あー、あー。
そうですか。
この男は依頼人をよく知らないようだが、王太子か聖女か、王宮関係者しかいないんだよ。あたしを本気で排除しようとする相手なんて。
動機はこうか?
『聖女召喚は成功したが一般人を巻き込んだ。それを追放したと周知されたら、国民や他国に非難されるかもしれない。バレる前に殺してしまえ』
か?
邪推かもしれないけど、あながち大外れって事もあるまい。
ああ……そうですか。
いやマジで。本当。
この国。
王太子も、聖女も。
召喚に関わった奴ら全員――。
「――だいっっっきらい!!!」
叫んだ刹那、あたしの中の力――魔力が膨張した。
すると。
「どぅわあぁあ!!?!」
御者は見えない壁、というかダンプカーにでも撥ねられた如く。
一瞬にして遥か彼方へと吹っ飛んでいったのである。
………………。
「……………………。はい?」
え、何……?
何が、起きた……??
馬車の屋根を支える木柱と木柱の間を見事にすり抜け、吹っ飛んだ御者。
暗闇だから見えないし、「ぐえ」とかの悲鳴や地面に落ちる音なども、どれほど耳を澄ませても聞こえて来なかった。
どこまで吹っ飛んだ?
ふとんが吹っ飛んだならぬ、御者が吹っ飛んだ??
しょうもない駄洒落で心を落ち着けてみる。
えーと……命の危機はひとまず脱した、みたい。
辺りを見回すと、馬車の正面方向に森があり、星空を分けるような山峰の陰影があった。
まだ僅かに震える手でスマホの電源を入れて時間を見れば、AM1時42分。
不思議な事にスマホの時間は異世界の時間帯ともリンクしているのか、午前にはAM、午後にはPMの時間が表示される。
なるべくバッテリーを減らさないよう、こまめに電源を切るしかないんだけども。
昼の少し過ぎに王都を出発して、大体半日。なるほどここが『魔の山』の入口(の森)らしい。
馬を操れるとか、そういう条件も込みであの男を雇ったのかもしれないな。
まぁ、どうでもいいか。今考えなきゃならないのは、あの御者モドキが戻って来る前に動かないといけない事だ。
夜中に森に入るって、できれば避けたいんだけど。
暗闇よりなお黒い、木々の影が不気味である。
なんなら狼っぽい「ウォオ〜ン」という遠吠えも聴こえる。
デッドエンドがコンバンハ、している気がしてならない。
でもここにいると御者モドキが以下同文。前門の狼、後門の暗殺者とはこれ如何に。
「森の……入り口辺りで朝を待って……。木陰に隠れてりゃイケるか……?」
独り言で考えを纏めながら馬車を降り、恐る恐る森へと歩き出す。
黒い木々が作り出す影は、暗黒界の門のようだ。暗黒界ってなんだ。
ビビりつつも歩いていた時。
ブルル、と嘶きが背後から聞こえた。
二頭の馬が、所在なさげに佇んであたしを見つめている。
…………。
お、お馬ちゃん……。
そんな目で見ないで……。
あ、あたしね? この世界に来たばかりでね?
この森から隣国に行こうかなとは思うんだけど、自分の身も守りきれるかも分からないし、君たちの面倒までみられないの。どうなっても責任取れないの。
君たちのおっきな体で、獣道しかないだろう山林を通れるかって問題もあるし、ね?
……あ、思ったんだけど、この子たち、馬車から離してあげたら自由に動けるじゃん?
帰巣本能があれば、王都まで帰れるかもしれないし。
そうだね。手綱を離すぐらいは手間でもない。そうしよう。
で、踵を返そうとしたところで。
一難去ってまた一難。
いつの間にか、狼? の遠吠えが止んでいた。
気付いた時には遅い。
森の中から、獣の影が飛び出してくる。
「ひぇ」
驚いて固まるあたしに向かって駆けてくる、獣の群れ。
至近距離で見たそれらの顔は狼というより、ハイエナに似ていた。
ただし、地球のそれより大きい気がする。
あたし、餌認定されました!?
いやーー! 来ないで!
と思っていたら、願いが通じたのかハイエナたちは、あたしを避けて駆け抜けて行く。
は?
あれ、あたしを狙って来たんじゃないの?
いや待って。狙いがあたしじゃないとすれば――。
悲痛な嘶きが挙がる。
ハイエナだか狼だかは、馬車に繋がれたままの馬二頭めがけ襲いかかっていた。




