44:平穏が戻ったかと思いきや
「アシュ、お帰りー」
ジオとの話が一区切りついたところで、アシュが戻ってきた。
ペガサス、じゃなかった、天馬のアシュは翔べるので、空中散歩を最近楽しんでいる。
白銀の翼を羽ばたかせ、天から舞い降りる様はうっとりするほど優美極まりない。
因みにノワは、ノームたちによって馬具を外して貰った後は行水タイムだ。
馬は元々泳げるのもあってか、水属性を得たノワは湖へとよく潜る。水魔法も使えるようになったので、湖集落には夜半に土砂降りの雨が降るという現象が恒例となった。
勿論、アシュも魔法を会得している。風属性だから風魔法だね。
ノワと一緒に練習(?)していると暴風雨みたいになるのだが、それも御愛嬌だろう。
あたしが二重のバリアを張らなくても、ノワとアシュは妖精たちが吹き飛ばされないように加減してくれてるので。
うちの馬たち、本当に優しくて良い子。
ところで、つい数日前まで普通の馬ちゃんズだった二頭が何故魔法を使い熟せるのかというと、教授してくれる相手がいるからに他ならない。
ご存知ジオと、大妖精様よ。
はい、風の大妖精様、湖集落に居着いちゃいました。
湖の畔の一角に聳え立つ断崖絶壁の頂部が、前の棲家に似ているのが気に入ったのか、そこを新たな寝床にしてらっしゃる。
そして毎日舞い降りて来て、ノワとアシュに魔法を教えたり、妖精たちと戯れたり、たまに何が楽しいのかあたしを見つめながらニコニコのんびり過ごしているのだ。
大妖精様が移住した事に文句はない。魔の山一帯にはまだまだ濃い瘴気が漂っているので、再び魔獣化するのを防ぐなら、あたしの結界内に居て貰うのがベストだろう。
ただ、あたし、普通の人なので……。
美女に見つめられると落ち着かないんだけど、それとなく言っても首を傾げてニコニコするばかりで、あんまり意図が伝わってる気がしない。
まぁ、楽しそうなので腰を折るのもね……。慣れるしかないか、あたしが。
✵✵✵
「嬢ちゃん、あっちだ」
竜人形態のジオに先導され、瘴気溜まりへと向かう。
あたしはアシュに跨り、ジオに並んで飛んでいた。
自分でも浮く事はできるけど、飛ぶというほどのスピードは出ないんだよねぇ。目下訓練中です。
あと、せっかく乗馬できるようになったし、乗りたいよね。
ノワは……霊獣とはいえ翔べないので湖集落に置いてくしかない。するとすっごく拗ねる。
戻ったら沢山遊んでご機嫌を取るのが、これもここ数日の恒例となってきた。
でも何度も続くとやっぱり可哀想なので、考えとかないとな。いっそあたしがバリアで包んで連れてくとか?
そんな事を考えながらいくつかの瘴気溜まりを祓い、そろそろ帰ろうとなった頃。
ジオが空中停止し、とある一点を見つめた。
どうしたの、と問おうとしてあたしも気付く。
誰かが森に入ってきた。
あたしの感知範囲からはかなり離れてるのになんで分かるかというと、石だ、と直感する。
以前『失せ物探し』の魔法をかけ、ギフトで飛ばした石が一つ、森の境界にあるらしい。どこに飛ばしたか最初、分からなかったアレだろうか。
その石が、近くにいる誰かの気配を感じとっているようだ。
へえ〜、あの魔法ってこんな応用もできるんだ、と感心したところで――息を呑む。
頭の中に流れてきたイメージ。
森に入った『誰か』は複数で、どうやら揉めていた。それだけなら放っておいたろう。
だが――。
若い女性がガラの悪い男たちに腕を取られ、逃れようともがいている。
その近くで、若い男性もまた地面に取り押さえられ、何かを叫んでいた。
「――――」
ぞっと肌が粟立つ。
記憶がフラッシュバックする。
突然掴まれる腕。
捻り上げられ、折れるかと思うほどの痛み。
気色悪い体温。
遠くから聞こえた、お父さんの怒号――
「嬢ちゃん!?」
気付けばあたしは手綱を操り、アシュを『そちら』へと駆けさせていた。
景色が飛ぶように流れていくスピードで目的地に着き、見下ろすと、眼下には木々の枝。その更に下、先程のイメージと同じ光景がある。
いや先程より悪い。ならず者が数人がかりで女性を押さえ付け、うち一人が圧し掛かろうとしていた。
胸の奥から突き上げる嫌悪の衝動のままに、あたしは腕を薙ぎ払う。
女性の上にいた男が遥か遠く吹っ飛んだ。
「は!? な、なんだ……?」
「ベンのヤツが飛んでったぞ!? テメェかアマァ!? アイツをどこにやった!?」
男の一人が呆け、一番屈強そうな男が続いて叫ぶ。
「し、知らな……」
「いや隊長、コイツって確か、魔力を封じられてるはずですぜ?」
女性が掠れた声で答えるのに被せ、また別の男が言った。
魔力を封じられた?
いや、そんな事は後でいい。
あたしは再び腕を薙いだ。
指定するのは『彼らが二度と悪さできない場所』。
そんな場所どこにあるのって感じだけど、野放しにして再び被害者が出ないとも限らないのだ。隔離されたどっかの土地で生きて行けば良い。
6人いた破落戸の全員が全て吹っ飛んだところで、ぽかんとしている女性と目が合う。
ストロベリーピンクの髪とルビーのような瞳が印象的な、美しい女性だ。年齢は18、9歳ぐらいだろうか。
豪華なブルーのドレスを纏っていて、どこかの貴族令嬢か裕福な家の娘さんにも見える。
ところでコレ、所謂『やっちまった』状態な気がするのと、ピンクの髪のお嬢さんが重要人物な気がするのは……あたしだけだと思いたいな……。




