41:美馬、爆誕
本文後半から三人称、ジオ視点です。
眠気と格闘しながら待つこと数時間後。
ノワとアシュが仄かに発光し始めた。
始まるんだ、とドキドキする。
コロや妖精たち、トレントたち、ジオと大妖精も広場に集って見守る中。
光はどんどん増して行き、やがて目を開けていられない程の奔流となる。
体感で言うと数分ほどだろうか。やがて光が収まり、あたしは目を開いた。
夜の帷に包まれた広場の中央で、二頭はゆっくりと立ち上がる。
息を呑んだ。
ノワは以前より一回り馬体が大きくなり、元々の黒い毛並みが烏の濡羽色のように艶の増したイケ馬へと。
そしてアシュは、大きさこそそのままだが、灰がかった毛並みは輝くような白銀に。更にその背には同色の翼が一対。
両の瞳はエメラルドの如き翠に変化して、とんでもない別嬪さんへと変貌を遂げていた。
「ノワ、アシュ……!」
駆け寄ってそれぞれの鼻面を抱きしめ、撫でる。ノワとアシュも嬉しげに擦り寄ってきた。
「二頭とも立派になって……! はぁあ、すっかり美男美女になっちゃって……!」
「いや嬢ちゃん、そこじゃねぇ。もっと他にあるだろ」
ジオがツッコんだけど、ノワが輓馬以上の馬体になったとか、アシュに羽が生えてるとかそこら辺?
二頭が無事に目覚めた事実があれば、細かい部分については後で良いんです。
若返ったから、寿命も伸びたろうし! これでもっと長く一緒にいられるよ、やったね!
「寿命が伸びたってか、霊獣は精霊種だから寿命は――って、嬢ちゃん!」
あー、安心したら今度こそ力が抜けた。
大きな手が背中を支えた気がしたけど、思考が上手く回らない。
ヤバイ眠い。疲れた。
えー、これからお祝いの準備しようと思ってたのに……。
「ああ、お祝いは明日でいいだろ。ずっと精神が張ってた上に、慣れねぇ戦闘の直後だ。ノワとアシュはもう心配要らねぇ。ゆっくり休みな」
そお?
ならお言葉に甘えて少し眠ろうかな……。
すると「おう、寝ろ」と返事が聞こえ。
安心したあたしの意識は、そのまま暗転したのだった。
◇◇◇
腕の中ですうっと寝入ったサクを見やり、ジオグラッドは苦笑する。
そして周りにわらわら寄って来た妖精たちに声をかけた。
「嬢ちゃんを寝床に連れてってやってくれ。運べるだろ?」
コロを始め、こくこく頷く妖精たち。
ノワとアシュの側にあったサク用の敷物を持って来たのでその上に寝かせてやると、土妖精たちがそれを持ち上げ、草妖精たちが下から支え、洞窟へと運んで行った。
ノワとアシュも主が気になるのか、ポクポク後を付いて行く。
「さぁて……俺はどうするかね」
飯を。
ジオグラッドは遠征や旅に慣れているので、自炊もできなくはない。
だがサク曰くの『漢飯』ゆえ、焼くか煮るかの二択かつ塩味一辺倒だ。特にこの湖集落にお邪魔してからは、サクが簡素なりに美味い物を用意してくれるので、自分で作る気は徐々に薄れてきている。
ストレージにどこかの人里で買った惣菜と、サクが拵えていた魚や野菜の保存食があるからそれで済まそう。
竜人化の影響で食いすぎて、明日怒られるかもしれないが。
想像に少し笑い、それから嘆息を落として『そちら』に目を向けた。
神々しい程の美貌に慈愛の微笑みを湛え、洞窟を見つめる風の大妖精。
「アンタは……流石にサク嬢ちゃんとは契約できねえよな? だがここまでくっついて来たのは何故だい?」
何せ妖精郷を統括する王体。魔力をやりとりして『何者かに従属』など許されない。
そんな事をすれば、この一帯の管轄が移行してしまう。寿命に限りある種族は、決して自然の主になってはならないのだ。
「それとも、嬢ちゃんを従属させる気じゃねぇよな? もしそうなら、アンタとは敵対させて貰うぜ」
低い声に警戒を滲ませて言えば、大妖精は緩やかに首を振り否定した。
妖精や精霊は嘘をつけない。
ジオは警戒を解き、眉尻を下げる。
「って事は、やっぱり守護する為か。それはいいが、アシュに『祝福』まで授ける必要はあったのか? お陰でアシュは霊獣どころか、聖獣になっちまったんですケド?」
大妖精は答える代わりに笑みを濃くした。まるで、それが何か? と言わんばかりに。
「守るだけならこれ以上ねぇ対処だろうが、ヒト族と……亜人の世界も複雑なんだよ。嬢ちゃんの価値が跳ね上がった事で、寧ろ厄介事も増える。精霊や妖精にはないしがらみだが、覚えといた方が良いぜ」
あともう一つ、と続ける。
「侵入者はもうなるべく殺すな。嬢ちゃんがいれば魔獣化は免れるだろうが、その嬢ちゃんは人を殺した事なんぞ無え。アンタさんの魔獣化の原因が瘴気の穢れだけじゃねぇと気付かれれば、怖がられるかもしれんぞ。――ま、余程のバカ相手なら因果応報とも言えるがな」
王個体の妖精は真に土地の管理者であり、守護者である。
多種族が土地の恵みを採取するだけなら、普段は慈悲を以てそれを黙認するが――度し難いほどの簒奪や、土地の生き物たちへの残虐な行いは決して見過ごさない。
命を刈りとる代償に怨嗟という穢れを蓄積したとしても。それが大妖精の使命であった。
だがそれを、サクが受け止められるかといえば賭けだろう。彼女自身は冷静な判断を下せる人物だとは思う。が……人は人に死を齎す存在へ、本能的な恐怖を抱くものだ。
距離を置かれたくなければ、排除するにももう少しやり方を考えろ。ジオグラッドはそう助言したのである。
大妖精は美しい面に僅かな困惑を浮かべつつ、ややして渋々頷いた。人との価値観が異なる点については自覚しているのだろう。
それを見、ジオも言葉を収めた。自覚してもどこまで理解しているかは懸念しかない。それほどに人類種と妖精種の価値観は垣根がある。
が、そういった説明をクドクドしても仕方ない。
「……ま、ひとまず今は問題が一つ片付いた事を喜ぼうかい」
妖精郷の王が帰って来た。それは畢竟、この一帯の摂理も正されていく事に他ならない。
(……いやどうなんだ? 一度墜ちた王や妖精が『戻る』なんて例がねぇから分かんねぇ)
思案したジオグラッドだが、すぐに考えを投げた。分からんもんは分からん。
分かるのは、魔の山一帯だけなら今後の護りは万全という事。
それだけである。




