40:大妖精の祝福
柔らかく微笑む大妖精。
おお……すんごい美女……。
この美しい女性があの醜悪なハーピーゾンビだったなんて、ビフォアアフターにもホドがある。狂化魔獣化ってホント怖いね。
「えぇと……風の大妖精……さん? 大丈夫です? ご自分のこと、分かります?」
問うと、大妖精は少し哀しげに顔を曇らせつつ、頷いた。
あ、この妖精も話さない系かと少し思ったのは頭の隅に追いやり。
意識はマトモに戻ったみたいだから、つい直前まで暴れてた事実が辛いんだろうなと察する。
……でも言わなきゃ。
「じゃ、あの。魔の山一帯の、風のマナを正常な状態に戻して貰えますか? 実は、うちにいる馬が、霊獣化の眠りについて、その属性が風で――」
「心配要らんさ」
答えたのは、上空から降りてきたジオだった。
竜人の再生力が高いと言っていたのは強がりじゃなかったらしく、ピンピンしている。
流石に服の、特に背中側はボロボロのままだけど。それはまぁ、仕方ないと思える範疇だろう。
地面に降り立ったジオはあたしの頭をポンと叩き、労うように笑んだ。
「大妖精が戻ったんなら風の歪みも速やかに正されてくもんだ。アシュも確実に目覚める。――よくやったな、嬢ちゃん」
…………そっか。
じゃあ、もう大丈夫なのか。
ふっと足から力が抜ける。
「おいっ?」
「あはは……安心したらドッと疲れが……」
地面にへたり込みながら乾いた笑いを漏らす。いやー、これまで敵に遭遇したら吹っ飛ばせば済んだもんで。
初めての戦闘と言える戦闘がよもやボス戦とは思わないじゃん。
まぁ、戦ってたのはほぼジオだけどね……。
ジオも苦笑した。
「ま、一時は本気でヤバかったし、無理もねぇな。……しかしどうする? 今日のところは帰って魔力溜まりの対処は後日にするか? それとも少しここで休んでからやるか?」
あ、それなら決まってます。
「ちゃっちゃと片付けてすぐに帰る」
「……大丈夫か?」
「大丈夫! だってだって、ノワとアシュが霊獣になるとこは絶対に見たい!」
「へいへい。――ほれ」
くつくつ笑いながら手を差し出すジオに掴まり、あたしはややふらついたものの立ち上がる。
可愛い馬ちゃんたちの一大事だってのに、こんな所でへたれてられないのだ。
瘴気溜まりを消す為、ハーピーゾンビだった大妖精の棲家に向かう。
そこは最初の衝撃波祭りをくらって消失したが、瘴気溜まり自体は何の影響もなかったように留まっていた。
抉り取られた岩壁にアメーバ状の黒い液体がこびりつき、黒い靄を絶えず吹き出している。例えるなら、黒い霧が溜まった50メートルプール、といった印象だ。
これが瘴気溜まりなのか……。
思わず呟くと、ジオは少し訂正した。
「『最大級の』瘴気溜まりな。他のはここまでデカくねぇ。平均だと、せいぜい1メートルくらいの黒い靄程度だ」
マナの濃い場所で瘴気になり、定着してその場所から動かない様が水溜まりに似ている事から『瘴気溜まり』と呼ばれるようになったのだとか。
へー、と思いながら手を伸ばす。
触れた瞬間、十メートル程のそれは跡形もなく消し飛んだ。
同時にかなりの魔力も消耗したが、安心して下さい!
今のあたしは消費した先から魔力満タンになる『シン・サク』なんです。
……続けて読むと『新作』になるな。『ニュー・サク』の方が良いかな?
「お見事。……しっかし、これで浄化じゃねぇんだもんな。嬢ちゃんの消した瘴気ってドコに行ってるんだ?」
「それは不明なんだよねぇ……。できるならあたしも知っておきたいんだけど」
こう言うって事はジオも知らないって事だよね。
変な所に飛ばしてたら問題になりそうだから、何か聞けたらなと期待してたんだけれど、無理そうだ。
と思ってたら、続きが返ってきた。
「うーん、俺としても多少の推測はしてるんだが、推測の域を出ねぇんだよなぁ。ウチの国の文献か、もしくは知者のジィさんなら詳しく知ってるかもしれんが。――あ、訪問を急かしてる訳じゃねぇぜ?」
最後さりげなく付け加えられた台詞に、あたしは目を瞬かせた。
そして、吹き出す。
「? なんだ、いきなり笑って」
「ふ、はは……なんでもない。――さ、これで用は終わり。帰ろ!」
✵✵✵
湖集落へ帰ると、妖精たちやトレントたちが出迎えてくれた。
……リンゴさん、モモさん、あんまり枝を振るとまだ熟してない実が落ちちゃう――いや今は歓迎に水を差す台詞は厳禁だな。落ちた実は後でハチミツ漬けにすれば良いんだし。
ノワとアシュはまだ眠っていた。でもなんだか出掛ける前より、力強さが増してる気もする。
「えっと……属性が定着した、と思っていいの?」
「お、嬢ちゃんも感じ取れるようになってきたか。その通りだ。ここまで定着したら、後は結果を御覧じろだぜ」
自分の顔に喜色が浮かぶのが分かる。本当に良かった……。
と、そこで銀緑髪の美女が、ノワとアシュにふわりと近寄った。
え? あ、うん。
付いて来ちゃったんだよね、大妖精様……。
実は瘴気溜まりを消した時にもいました。静かに空気に溶け込む様はまさしく風の精。
彼女からは爽やかで穏やかな気配しか感じないので、突然ノワとアシュに近寄っても危機感が煽られない。
でも、何をするんだろうとは不思議に思った。
彼女は慈愛に満ちた双眸で二頭を見つめた後、アシュへと顔を寄せると。
その額に、口付けする。
隣に立つジオが息を呑むのが聞こえた。
「……何?」
「――『大妖精の祝福』だ……。あー、うん。ま、流れからしてこうなるか……」
と、頭をボリボリ掻くジオ。
は? ……ちょっと、不安になる匂わせみたいな台詞、やめて欲しいんですけど。
だが、『大妖精の祝福』を貰ったアシュは間違いなく風の加護を受けるから大丈夫だと太鼓判を押され、文句が封じられるのだった。




