39:ブチ切れると脳が高速回転する性質
きぃきぃ耳障りな嘲笑。
あたしは立ち上がり、頭上のソレを仰ぐ。
こういう時に相応しい台詞は、なんだったかしら。
――なぁに嗤っとんじゃワレェ、か?
まあ、ぴったりですわぁ。
「う、……嬢ちゃん? 動けるんだな? なら、逃げろ。ここは俺が――」
「ことわる」
目覚めたジオが言葉をかけて来たが、みなまで言わせないよ。
俺が――何? 命に替えてでも喰い止めるとでも?
ふざけんな。
あたしは日本で漸く『普通』に届くかどうかぐらいの平凡女子だったの。この世界に来てからも、根本は変わった気がしない。
初対面の人は多分まだ怖いし、獲物は相変わらず捌けないし。
襲ってくる魔獣まで助けられたんじゃないかとか、甘い願望を持ってしまう。
そんなあたしに、貴方の命は重すぎて背負えない。
「嬢ちゃん!」
ハーピーゾンビが衝撃波のモーションをとった。
直後、不可視の壁が迫る。
「――【パーソナルエリア】」
残る魔力を絞り出して、結界を生む。
防いだ。周囲の地面が爆発したかの如く抉れ、大小の土塊が飛散する。
結界の魔力が削げた。それを修復する。ハーピーゾンビにまたも魔力が収束しているのを感知した。第二波が放たれる。
それも防いだ。魔力が削げる。また修復する。
「嬢ちゃん! 待て、魔力がギリギリだろ!? 枯渇する前に逃げ――…………ん?」
慌てて止めようと立ち上がったジオが、あたしの異変に気付いたらしい。
「は?? ……魔力……満タンになって、る?」
うん、『竜眼』なら視えるよね。
あたしの魔力、枯渇どころかパンパンです。
「な~んで今の今まで気付かなかった、と自分で思うわぁ……」
「嬢ちゃん……? ……な、何を??」
「あたしのギフト、『改変』できるんだよねぇ……」
知ってはいたけど、効果に対しては考え方が狭かったよ。
魔力を消費したらそのまま、なんて。
あたし自身が思い込んでちゃ、使い方が限定されて当たり前だよね、そりゃ。
「【パーソナルエリア】さん、この辺りのマナをぜーんぶ、集めちゃいなさい!!」
周辺に漂う濃い瘴気は、元々マナなのだ。
瘴気だけを濾過して、マナだけ結界内に取り込んで。
そのマナを『あたしの魔力』として吸収して。
吸収し切れないマナは、結界の修復と強化に回す。
これぞ異世界メタ知識の集大成――名付けて【パーソナルエリア・吸収】よ!!
「……えぇ……無茶苦茶な……のはいいけど、コロまで影響受けてんぞ」
ん?
ジオの台詞でチラと見ると、コロがあたしの肩で踊りながら淡く光っている。
あ、分かった。
あたしと契約してるから、譲渡せずとも『あたし用の』魔力が取り込み放題なのね。
それと、今できそうな事も閃いた。
あたしはコロの全身にも結界を張る。
「コロ、上の方で偉そうに嗤ってるアレ。捕まえて頂戴」
コロはしゅぱっと敬礼し、両腕――触手と呼んでいいのかな――を頭上に伸ばした。
瞬く間に脚を捉える。さっきとは違い、結界を纏うコロの触手にダメージはない。
ハーピーゾンビは不満そうな鳴き声を挙げ、振りほどこうともがき、より上空へと逃れようとする。
させる訳ないでしょうが。
動きを制限した隙にあたしは腕を振り、もう一つの結界を作る。
守る壁じゃなくて『檻』ね。
球状の檻に囚われたハーピーゾンビは、上空で静止したように動けない。
「コロ、引き摺り落とせる? え、無理? 重すぎる? んー……」
あたしにも引き摺り落とせそうにないんだよねぇ。容積が大きいからか、総魔力の差によるものかは分からないけど。
このまま力比べか綱引きか、と考えていたところでジオが、
「勢いがありゃイケるだろ?」
と言葉を残し飛び立つ。怪我はもう平気なのかと訊く間もなかった。
あ、ボロボロだった翼が元に戻ってる。凄いな上級ポーション。竜人の再生力もあっての事かな?
ジオはハーピーゾンビの上に陣取り、両腕に魔力を集め、強烈なダブル・スレッジハンマーを叩き込んだ。
勿論ジオは結界の対象じゃないので、外からの攻撃も通るのだ。
ナイスぅー!
ハーピーゾンビが体勢を崩した隙に、コロと共に思いきり引き寄せた。
おっと、あたしも逃げなきゃ。
足裏に魔力を集め、ハーピーゾンビの落下地点から離脱すると同時。
ズゥン!! と地響きを立て、黒々としたソレは地に落ちた。
あまりの質量に地面が揺れ、土煙が舞い上がる。
やがて視界が晴れると、縫い付けられたように地に伏せる黒々とした姿があった。
ジオの攻撃ダメージや落下ダメージがあっても、ハーピーゾンビにさしたる消耗はないらしい。
でも、動けない。檻の膜は地面に深く喰い込み、捕らえて離さない。
不快、怒り、怯え、そんな感情を覗かせながら、こちらを威嚇している。
あたしは構わず近付いた。
「……何をしてんの?」
声をかける。
「あんたは大妖精なんでしょ。魔の山一帯が妖精郷だった頃から統括してきた、王なんでしょ。何をトチ狂って、守らなきゃならない土地を穢してんの。妖精たちも滅びかけてるよ」
ハーピーゾンビの顔の前に立つ。顔だけで、あたしの身長をゆうに越す大きさだ。
瘴気からマナへ、そして自分のものとして掻き集めた魔力が全身に漲っていた。大丈夫、足りる。
血溜まりのような両眼の間に手を伸ばし――
「瘴気なんかに負けてちゃダメじゃん。――戻ろ?」
そっと触れた。
途端、黒々としたアメーバの表面に罅が入り。
黒いガラスが割れる如く、或いは分厚い鎧が破裂するように砕け散る。
――その中から現われたのは、一人の女性。
背はあたしより僅かに高いくらいで、姿形は人間に近い。
膝裏まで波打つ銀緑の髪。
ギリシャ神話に出てくるようなドレープの付いた白いトーガが、ほっそりとした肢体を包んでいる。
背に二対の白い翼。
両のこめかみには耳の代わりに、翼と同じ白の小羽根。
瞳孔のない、翡翠の双眸。
白いかんばせに、柔らかな微笑みを湛えていた。
それはそれは美しく、神々しい女性。
これが本来の、風の大妖精と呼ばれる存在なのか――な?




