38:剣ヶ峰
不快、という感情がハーピーゾンビの赤い目から感じとれた。
衝撃波があたしを襲う。
「……っ!」
ドンッという振動に身体が強張りそうになる。
第一波は防いだ。しかしたったの一撃でバリアが壊れかけてしまった。
急いで修復した直後に第二波が来る。これもなんとか防ぎ、修復する。
ハーピーゾンビは手応えがないと察したのか、今度は羽ばたきによる旋風を仕掛けてきた。
ひぇえっっ!!
膨大な風の波に揉まれ、あたしはぐるぐる回転しながら吹き飛ばされる。
待って、せっかくここまで近付けたのに!
軽くなり過ぎたんですか!? ヤバイみるみるゾンビさんから遠ざかる。どうすれば、と思うが目が回って対処どころではない。
しかし突然、グンッと身体が引かれた。
クラクラする頭が漸く再稼働し始めたので確認すれば、銀色の小花が目に映って驚く。
「――コロ!?」
付いて来ちゃったの!? 全然気付かなかった、いつの間に――いやそれより何をして……。
コロの小さな体は宙に浮いている、のではなく宙吊り状態だった。
コロの腕が蔓状に伸び、片方はあたしの胴体に回っている。そしてもう片方は、ハーピーゾンビへと長く伸びていた。
状況を理解する。
待機していてねと置いて来たコロがなんでここにいるのか、追求は後回しだ。
「コロ、ありがと」
遠くまで吹き飛ばれそうだったのを繋ぎ止めてくれたコロに礼を言い、再び接近を試みる。
見れば、魔鳥たちをあらかた片付けたらしいジオもこちらの状況に気付いたようで、ハーピーゾンビへと攻撃を仕掛けていた。
ハーピーゾンビは新たな魔鳥を呼ぶ為に鳴こうとするが、その都度斬りかかって阻止する。
ジオはハーピーゾンビの行動パターンを把握しつつあるのだろうか。――って感心してる場合じゃないな。
結界を操作し、開いた距離をもう一度詰めていく。
すると遠目で分からなかったコロの容態も把握してしまい、肝が冷えた。
ハーピーゾンビの脚に巻き付いているコロの蔓が、じわじわと半分くらいまで黒く染まっているのだ。
あたしが触れていても瘴気に蝕まれるのを止め切れないのは、ハーピーゾンビの力や存在が上位だから、だろうか。
「コロ、腕を解いて。……大丈夫、今はジオが気を引いてくれてるから……」
言うと、ハーピーゾンビの脚から離れた蔓が、シュルリと縮んで元に戻る。
そのコロをそっと抱き寄せると、黒く焼け爛れた跡――瘴気症が瞬く間に消えた。
ホッとするあたしとは対象的に、コロはなんでもなさそうに手から肩へよじ登り、お座りして寛いだ。
「あとでお説教だからね」
顔の横でコロがピャッと飛び上がったが、決定事項です。……全く、無茶して。
そんなやりとりの間にもハーピーゾンビと近付いた。先程より遠く、200メートルくらいの距離。
ジオと戦ってるから動き回ってるんだけど、コロが直前まで繋いでくれていたお陰で、引き離され過ぎずに済んだ。
今はジオが一撃を入れた後にハーピーゾンビの衝撃波から逃れ、互いにギリギリの攻撃範囲(かな? と素人は仮定するしかないけど)から見合って膠着状態、といったところ。
この隙に、と更に近付く。
さっきよりも結界を強固に、認識阻害も厚く施して。
――なのに、ハーピーゾンビの感知とは如何なものなんだろう。
またもグルンと顔が回ってこちらを向いた。
衝撃波が来る。
二度、三度――その都度結界を張り直したが、直すたび薄くなっていく。
不味い不味い!
魔力が――。
そして、四度目の衝撃波――パリーン、という頭に直接響く音と共にバリアが掻き消える。
「――嬢ちゃん!!」
あたし自身にダメージはない。一応。冬山の寒気が久々に肌へと突き刺さって痛い、それぐらいだ。
それだけなら良かった、が。
ハーピーゾンビは五度目のモーションをとった。凄まじい魔力が収束している。
あれを喰らえば死ぬ、と本能的に分かった。
なのにヤバイ。体が怠い。
魔力が足りない。結界が張れない。浮いていられず、地面に落ちて行く。
あたしは肩のコロをもう一度手で掴み、胸元に抱き込む。
ハーピーゾンビは容赦なく、眼下に落ちていくあたしたちに五度目の衝撃波を放った。
不可視の壁が迫る寸前、あたしは誰かの温かい体温に包まれる。
誰って。
「ぐっ――」
ドン、と重い衝撃を感じたと同時、低い声が頭のすぐ近くから聴こえた。
凄まじい速度で地面が迫り、しかし激突する間際にあたしとジオの位置が上下、入れ替わる。
「歯ァ、食いしばっとけ、嬢ちゃん」
呻くようなその声に従った直後、ジオが膨大な魔力を放出したのが分かった――。
✵✵✵
ペチペチと頬を叩く感触がした。
ぼんやり目を覚ますと、コロがあたしの顔の傍から覗き込んでいる。
落下の衝撃で気絶していたようだ。
うつ伏せから上半身を起こして、自分の下にいるジオに目の焦点が合う。
「――ジオ!!」
ジオは両の瞳を閉じ、呼んでも反応がない。意識を失っているらしかった。
吐血したのだろうか。口周りに赤い色が付着している。
衣服どころか、力無く地面に投げ出された両翼も千切れかけてボロボロだ。
更に身体の下には大量の血が流れていた。庇ってくれた時の状況を思い出せば、背中に酷いダメージを負っているのだと察せられる。
あたしは慌ててその上から退いた。
「……ジ、ジオ……」
もう一度呼びかけながら顔を覗き込んだ。
眉根がぴくりと苦しげに動いた。生きている気配もある。
ジオは多少の傷ならすぐに塞がるとも言っていたので、暫くすれば復活するのだろうか? でもこの流血は『多少の』どころじゃ……。
あたしはストレージから上級ポーションを取り出した。
滞在費の代わり、あと、いざという時の為にと以前にジオから渡されていた物だ。
その栓を抜き、ジオの全身に振りかける。
すると苦しげだったジオの表情が和らぐ。増えるばかりだった流血の量も緩和したように思えた。両翼もみるみる再生している。
これならすぐ目を覚ますかな? 上級ポーション凄い。
あたしはホッと息を吐きつつ、ここからどうするかと考える。
改めて周囲を確認すると凄まじい有り様だった。
自分たちの落下地点である中心から半径数十メートルほどのクレーターが出来ているのは、ジオが魔力を放出した影響だろうか?
するとあれは衝突のダメージを和らげる為だったと思われる。
遠目に周囲の木々が折れ、または薙ぎ倒されているのを目に映した――直後。
巨大な影があたしたちを覆った。
大妖精――ハーピーゾンビは両翼を羽ばたかせながら見下ろしてきて、不揃いな牙の並ぶ口をニィと歪める。
きぃきぃと鳴き喚いた。
あたしたちを嘲笑うように。
――こめかみで。
プツン、と何かが切れた音を聴いた。




