35:初戦闘がボス戦
心の掛け声は勢い込んだものの。
ジオはある程度の距離から速度を緩めた。
相手情報が殆どないまま突入するなんて、戦闘素人のあたしでも愚の骨頂と知れる案件なので文句はないです。
「何の反応もなさそう? このまま巣穴まで行けたら楽だね」
「まだ奥の方でジッとしてる。今んところはな……」
いきなり突入が愚の骨頂なら無策も同様。よって、事前にある程度どう動くか相談していた。
墜ちたとはいえ大妖精を倒すと、統括している魔の山一帯にどんな影響が出るか、ジオにも分からないという。
なので、最善は大妖精を元に戻す事。
せっかくあたしが同行しているのだし、クルミさんの時と同じく、触れば瘴気を祓える可能性が高い。
大妖精は倒さず、元の正常な状態になって頂く。そうすれば魔の山一帯の風気も戻り、アシュにも風のマナが行き渡って万々歳。
大妖精を正常に戻したら、同じく巣穴の中に生じているだろう最大級の瘴気溜まりも祓ってめでたく帰還、という筋書きだ。
余談だが、瘴気を祓うには何故触る必要があるのか――についてはジオが見解を述べてくれた。
曰く、瘴気のエネルギー密度はとても高い。
なので普通の敵や、瘴気核を肉体という物質が包んでいる状態の魔獣や魔物を吹っ飛ばすのとは異なり、直に触れるほど接近する必要が生じるのでは、との事。
これには納得ー。
だけど、突っ込みたい部分もあるんだよね。
『巣穴の中に生じているだろう最大級の瘴気溜まり』とは?
おっかしいな? ジオは確か、魔力溜まりを見つけたら報告するぜーみたいな約束をしてくれてましたが。
今回はエリアボスどころか魔の山一帯のボスみたいな危険な相手がいたから、言わなかったにせよ。
ジオさんや、貴方実はもっと他にも、瘴気溜まりを見つけてませんか?
だってね、ここに飛んで来る間に幾つかあったのよ。瘴気溜まり。
高高度数百メートルから、あたしでも見つけられたそれらが『竜眼』持ちのジオに分からないなんて、考えられないんだよね。
ま、今はそれどころじゃないから追求は免除してあげます。
湖集落に帰った後のお楽しみにして頂戴ね。
慎重に距離を近付け、あと2キロメートル程に迫った頃。
「気付かれた」
ジオが緊迫した声音で呟き、空中停止した。
あたしは驚く。風系統は伝達に長けるし、大物魔獣なら感知スキルを持つ事もあるので、油断は禁物と事前に聞いていたけど。
気配も音も遮断しているパーソナルエリアを気取られた事は、今までなかったのだ。
だが、すぐにそれが経験不足の慢心だとあたしは学ぶ。
巣穴の中からズズ、という重量のある何かを引き摺る音が耳に届く。
次いで、巣穴そのものから黒い液体が滲み出て来た。
どろりと一筋、巣穴の入り口から岩壁を伝って下に垂れる。
視線を縫い付けられている間に、黒い液体は二筋、三筋と増えていき、じわじわと周囲の岩壁からも滲んでは垂れていく。
穴の空いた容器から、黒い油が漏れ出すような光景にも似ている。
漆黒、というのとは違う。何色もの絵の具を混ぜ合わせ、半端に混濁したような不安を煽る黒だ。
やがて巣穴の奥から現れたのは、黒い液体が凝固したかのような巨大な物体だった。
蛭のようなアメーバのような。
クルミさんの幹に取り憑いていたアレが、十メートル以上膨れ上がったみたいな姿。
それは頭部だったと知る。
巣穴いっぱいを塞ぐほどのソレには、濁った血の如き二つの目に、牙が不揃いに生えた口元と思しき部位が付いていた。
アメーバの顔は外を覗き、赤い目をギョロギョロと上下左右に動かした後。
ドロッと溢れるように巣穴から身を乗り出す。
そのまま落ちるかと思いきや、ソレは翼をはためかせ宙に浮いた。
羽ばたき一つで周囲に旋風が巻き起こり、絶壁の頂部に積もった雪が舞い散ると共に、空気が一層澱んで重くなった。
黒いアメーバに覆われていて一見分かりにくいが、その生物には顔と身体、翼がある。
ゲームエネミーで言う、ハーピーに似ていたが……空中に浮いた30メートルを超える全身からダラダラと黒い液体が滴り落ちる様は、腐肉を撒き散らすゾンビを彷彿とさせた。
アレが……元は風の大妖精だったって言うの?
ジオに問いたいのに、喉の奥が貼り付いたみたいに声が出ない。
あまりに凶暴な魔力と悍ましい姿に、ジオの首と肩へ回す手が震えて滑り落ちそうだった。
あ……れ?
何をするんだっけ?
そうだ、鑑定石。
大妖精が気付かなければ使用は控える予定だった。鑑定すると察知されるからだ。
だが先に察知されれば関係ない。姿を見せたら、その能力を確認しようと取り決めていたのだ。
あたしは自分のストレージバッグに片手を伸ばした。
その矢先――
大妖精に魔力が収束し、急速に膨張した。
直後に放たれたのは、衝撃波。
「ひぇ……!」
「っ!」
あたしは思わず目を瞑った。抱えられた腕に力が籠もるのを感じ、耳の傍でジオが呻くのが聞こえる。
一瞬にして届いた衝撃は、周囲に張り巡らせた結界が防いだものの。
あたしが再び目を開けた時には、正面に聳えていたはずの断崖絶壁の頂部が、巣穴ごと抉り取られたように消失していた。
ジオがヒュウ、と口笛を吹く。
「ハンパねぇな。流石、狂化魔獣化した風の大妖精ってトコ? 攻撃範囲も広い広い」
呑気に褒めてる場合?
ハーピーゾンビ、もとい元大妖精を起点に数キロメートル近い場所が粉微塵になってますけど。
よく見たら、眼下に生えて雪を被ってた森の木々も、広い範囲で失くなってる……。
だ、誰か……。
誰か、奮い立つ為にボス用のBGM流してーー!




