34:只今飛行中
速い、高い、怖い。
牛丼屋のキャッチコピーみたいになったけど、ふざけてる訳じゃないんだよ。
現在、ジオと共に空を飛んでおります。人生初の空中飛行です。
共にっていうか、運ばれてるというか。
ぶっちゃけ乙女には夢のお姫様抱っこ状態、父親以外の人にしてもらうのもこれが人生初なんですが。
地上より雲の方が近い高度を景色が目に留まらない程のスピードで飛んでるので、トキメキもへったくれもない。
「いやぁ、嬢ちゃんにトキメいて貰えんの俺? もう少しゆっくり飛ぶかい?」
「声に出てた!?」
「出てた。『ぎゅうどんや』は分からんが。もしかして飯屋?」
全部聞かれてた。
そこは素知らぬ振りをするのが、紳士の嗜みじゃありませんかね。
牛丼屋が飯屋は正解だけどね?
「ククッ、なんにせよ喋るくらいの余裕があるのは悪くねぇよ。嬢ちゃんもそれなりに場数を踏んでるからか」
「隠れるのと防御と吹っ飛ばすのは得意」
直接の戦いは経験がないけど。
心の声を聞かれた恥ずかしさを誤魔化すように、あたしは素っ気なく答えた。
――現在、魔獣の棲家に向かっている。あたしの連れてけアピールに、ジオが根負けした形だ。
大妖精がどんな力を持つのか知らないし、本当にあたしが付いて行って役に立てるかは怪しいところ。
いや、中位だというノームたちの魔法を見ていれば想像くらいはできる。彼らはあんな小さな体で、十倍以上の大岩を魔力で動かしたり出来るのだ。
その王みたいな存在なんて、途轍もない危険度に違いない。
でもやっぱり行かない、とはならなかった。
アシュの命がかかってるのにじっと待つとか無理。もし置いて行かれたら、こっそりジオの後を追う腹積もりだったのは内緒。
目的地の場所を知って、同行が許可された事に胸を撫で下ろしたけど。
元は風の大妖精であったモノの座所は、魔の山の中腹に存在するらしい。
湖集落はその麓にあるんだけれども、距離で言うとおよそ数十キロメートルは離れていて、あたしの足だと時間がかかりすぎる。
しかも座所は隣国への山道からも遠く離れた断崖絶壁の頂にあるそうなので、そもそも只人では辿り着けないという。
竜人形態のジオなら片道一時間かからないみたいだし、何より一人で向かうよりも心強さが段違いだ。
「……あれ、もしや俺、思った以上に信用されてる? 意外。抱っこしてもバリア張られてるもんだから、てっきりまだまだかなと」
また口に出てた!?
うぅ、緊張……そう、緊張してるからよ。大妖精の魔獣なんて初めて遭うもの。緊張を和らげる為に独り言を口走ってるんだ、きっと。
因みにバリアに関しては、あたしも意外です。ジオの言ってるのとは逆の意味で。
他人に対し【パーソナルエリア】は150センチの一定間隔を常に発動すると思われる。
なのに、ジオに抱っこされてる今、ほんの数センチしか隙間が空いていない。
これだけ近いのは心の距離も近付いたから、などと言えば妙な誤解を受けそうなので絶対に言えないけど、まぁ似たような状態であるのは違いないだろう。
いつの間にこれほど仲良く(?)なってたのかな?
なんか割と最初の方から馴染んでた気もする。
不思議なひとだよね、ジオって。多分、他人の懐にスルッと入れる極意みたいなのを習得してるんだよ。
コミュ障もそれなりにしか克服できなかったあたしからすれば、羨ましい限りだ。
なお、これらの思考は気合いで口には出さなかった。後でジオに揶揄われるネタをこれ以上提供するのは避けたい。
などとつらつら考えていると、低く真面目な声に意識を引き戻された。
「――そろそろ着くぜ。準備は良いか、嬢ちゃん」
「い、いつでもオッケー」
うっかり吃ったら、ジオが苦笑した。
「硬くなるな。精神状態も魔力の消費に影響する。いくらギフト持ちの嬢ちゃんとはいえ、三箇所のバリア維持はキツイだろ」
三箇所のバリアは、あたしとジオの間にある常時発動……これは意識してなくても維持されるから平気なんだけどね。
もう二つ、飛んでるジオの周囲に張ってる結界と、湖集落の結界維持は割と魔力を使う。特に湖集落の方は遠隔だから結構な量を持って行かれてる。
これから危険地帯に向かうのに複数のギフト展開は負担が無いではない。でも、湖集落には住人たちを全員置いて来たのだ。
それに霊獣化途中のノワやアシュに瘴気が触れたらどうなるか分からない、と言われれば、そちらの結界を解除する気にはとてもなれない。
「了解。大丈夫、魔力はまだ全然余裕」
少し強がりが入ってるけど、嘘でもないよ? 何せ今のあたしの魔力値は二万くらいある。
せっせと魔力を増やす訓練、した甲斐があったね。
するとジオは「頼りにしてるぜ」と笑い、前を見据える。
ニヤリ笑顔からの真剣な横顔とか……狙ってやってるなら効果絶大だな、と少し思いつつ。
あたしも進行方向へと顔を向けた。
そこには魔の山の一角――断崖絶壁が待ち構えるように迫っている。
その頂付近に、ぽっかりと開いた穴があった。
――いる。
湖集落にいた頃は全く気付かなかったけど、ここまで接近すれば流石に分かった。
灰茶の岩肌に開いた闇の如き穴の中に、肌が粟立つ程のとんでもない力を持つモノがいる。
「……嬢ちゃん? 本当に大丈夫か? なんなら引き返しても」
「このまま行くに決まってる」
僅かな怯えを気取られたけど、みなまで言わせません。
バリアに問題なし。認識阻害も発動した。
さぁ行くのだ、ジオグラッド号よ!




